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第71話 公判 1
しおりを挟む『俺によくしてくれる弁護士の先生がいるんです。相談してみましょう』
『相談? 鳥飼さん、そんな知り合いが? ……あっ……誰か来たみたいっ』
『ヤバイっ! とにかくここは俺に任せて。岩泉さんは行ってください』
『でも……』
『もしあなたが逮捕されでもしたら……お子さんはどうするんですか。早くっ!』
更衣室での出来事だ。岩泉さんがもう一度その場に戻ったのは、鳥飼さんが大勢の従業員に取り囲まれていた時だった。
社長の問いに、横山さんの現金を盗んだと答えていた。
『私は、どうすればよかったんでしょう。でも、娘を残していけなかったんです』
事の次第を晄矢さんにようやく話したのはつい最近のことだった。岩泉さんは晄矢さんの前で号泣した。胸につかえた罪悪感に彼女も苦しかったのだ。
『あなたに、鳥飼さんと同じことを言います。私に任せてください。ですが、法廷で真実を言って欲しい。あなたのことは、私が救います』
晄矢さんは兄の輝矢さんの違和感を信じて動いてきた。それがようやく実を結んだ瞬間だった。
晄矢さんは鳥飼さんに真実を言うように促すとともに、それを裏付ける証拠と証人を探した。
『ようやく証拠固めができた。証人も見つかったよ』
僕がつまらないことで悩んだり、モヤモヤしてた間、晄矢さんはこんなすごいことしてたんだ。
翌朝、公判は午前10時に開廷した。東京地方裁判所は8階建てのビルが南北の二棟に分かれる巨大な施設だ。法廷もいくつもあるが、本件は傍聴席が満席になるような案件ではなく、僕は普通に入ることができた。
階段状になっている席の一番後ろに僕は座る。一番前の端っこに輝矢さんの姿が見えた。
――――あ……晄矢さんだ……。
ライトグレーのスーツに初めて見る空色のストライプネクタイ。弁護人席の晄矢さんは輝いて見えた。自信ありげに胸を張り、広い肩幅と厚い胸板がここからもわかるくらいだ。
法律事務所で働いていた姿も素敵だったけど、ここでの姿は別物だ。
――――輝矢さんは、今日ここに僕が来てることを晄矢さんに伝えたのかな……。向こうから見えるだろうか。
馬鹿なことを期待してる。裁判に集中するべき時、僕が来てるとか、参観日の小学生であるまいし。僕は自嘲気味の笑みを浮かべて首を振った。
裁判は予想通り、被告人は起訴容疑を否認した。それについて、当日の作業場での防犯カメラなどの証拠の提出、岩泉さんを含む証人が証言台に立つ。
唖然とする検察官や裁判長たちをしり目に、見事な弁舌と鮮やかな論理展開を披露する晄矢さん。鳥飼さんの無実は着々と証明されていった。
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