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第34話 胸の高まり
しおりを挟むふわふわと宙に浮いてるような感覚。いつもと同じ床や道が、クッションかマットに変わったみたいだ。
いつもと同じように会話して、いつもと同じように大学に来て講義を受けてるんだけど、教授の言ってることが全く耳に入ってこない。
でも、『恋人のフリ』だったのが、本気? になってしまってこれからどうなるんだろう。
――――いやそれよりも……今夜からのベッドシーンはどうなるの?
ずっと添い寝状態だったんだ。まさか今晩からやっぱり寝袋にしますとか言えない。
てか僕はなにを期待してるんだ。期待してる? してるのかっ!
晄矢さんに出会う前の晩に見た夢を思い出す。朧気でわからないけど、キャンパスで声を掛けられた時、夢で見たあの男にそっくりと思ったんだ。
――――あれは、何かを予兆したものだったんだろうか。
はっ。いかんいかん。一人でなにを百面相してるのか。教授、もう少し楽しい講義を考てくれ。だから人気ないんだよ。
なんて人のせいにしながら僕は再び教授の話に耳を傾ける。米国の『証人保護プログラム』についてだ。
組織の上部の人間を密告したり、内部告発をする場合、その行為によって証人が危害を受けることがある。その危険から守るために、国家が身柄を保護するものだ。保護を受けた人は名前も住んでた場所も変え、別人となって暮らす。
相当な不便を強いられるが、大体の場合、その証人も犯罪者の場合が多い。
俗な言葉を使えば、自分の罪を軽くする(または不問にする)ために大物をチクるってことだ。米国ならではの法律で、日本にはない。
――――日本でも、こういう制度があっていいはずなのにな。脅迫されたり危険な目にあって初めて警察が動く。ドラマの見過ぎかもだけど、自殺に見せかけて殺された人もいるかも。
これはいくらなんでも言い過ぎか。でも、弱い立場の人を守るのも法律の役割で、法律家の仕事だ。
僕は城南のような大手に行くつもりはなく(実力的にも無理がある)、地域密着型の弁護士を目指してる。国選弁護人にも積極的に手を上げたい。
――――晄矢さんの担当してる事件も難しそうだな。貧乏を犯罪の理由にするのは間違ってると思うけど、僕もなにかできたら。
結局、半分以上が頭に入らず、僕は板書をしげしげと眺めることになった。こんなんで前期の試験大丈夫かな……。
本日は法律事務所に行く日だった。けど、晄矢さんは公判日だったようで不在。なんとなく顔を合わせ辛かったので助かった。
いつもの自意識過剰なんだけどね。秘書さんにやることを教えてもらい、またまたデータ処理。でもこれも大切な仕事だ。企業や組織の弁護士は、こういう地道な調査が必要不可欠だからね。
そういえば、この晄矢さんの部屋にもガラス製のチェスが置いてあった。城南邸のもそうだけど、手入れが行き届いて輝いている。
晄矢さんがやってるとこ見たことないけど、好きなのかな。
「お、やってるな。地味な作業ばかりで悪いな」
僕が眉間に皺をよせながら画面とにらめっこしてたら、ガラスの扉が開いた。そこに濃紺のスーツにダークグレーのネクタイを締めた晄矢さんが入って来た。
――――うわあ。カッコいい……。
今までも晄矢さんを見ると、胸が締め付けられるような苦しさは感じていた。でも、それとも全く違う。
僕の胸の高まりは、突然ダッシュした時みたい。どうにも止まらなかった。
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