63 / 82
TAKE 50 堕落
しおりを挟む昨夜、僕は享祐の部屋に泊まってしまった。打ち上げの興奮や酔いもあって、いつも以上に燃え上がったからなんだけど、少し恥ずかしい。
「珈琲飲むか?」
目が覚めると、僕はベッドに一人。リビングの方から、香しい珈琲の香りがしてた。
「うん」
おずおずと寝室を出ると、キッチンに享祐の姿が。上半身裸のままで、逞しい胸筋が眩しかった。
二人でモーニング珈琲なんて、歌にもあったような。だけど、こんなにも幸せな気分だなんて、僕は知らなかったよ。おはようのキスは珈琲の香りがした。
『伊織さん、オーディションの結果が出ましたっ』
部屋に戻ってすぐ、東さんから電話が来た。例の最終審査まで残ったヤツだ。
「それで、それでどうだったの?」
焦ってスマホを耳にこすり付けてる僕に、東さんは勿体ぶってこほんと咳を一つした。
「東さんっつ!」
少し語気を荒げると、スマホの向こうで笑い声が。
『もちろん、合格ですよ。おめでとうございますっ』
ま、マジで……。
「や、やった……。東さん、ホントだよね? 嘘ついてないよね。また何かの勘違いとか……」
『本当ですよ。もう、そんなドジしませんから。これから事務所に行きますので、一緒に行きましょう。三十分後にエントランスのロビーで』
「あ、うん。了解ですっ」
僕は慌ててシャワーを浴び、支度した。ちょっと見た目のいいジャケットにテーパードパンツを穿き、三十分後には、一階に降りることができた。
――――あ、そうだ。享祐に連絡しなきゃ。
僕はスマホの個人認証を解除し、履歴を呼び出す。俯いて作業をしていたその時。
「あの……三條伊織さん、ですよね」
「は……い」
エレベーターホールにはマンションの住人以外は入れない。東さんは僕の部屋のパスワードを知ってるから入れるけれど。ということは、住人の誰かだろうか。
目の前には、記者とかレポーターではなく、普通の格好をした女性がいた。
白いブラウスに紺色のカーディガン、花柄の膝丈スカート。仕事に行くというより、オフのお出かけスタイルだ。
「なにか……」
何だろう。長いストレートの黒髪が綺麗で日本人形のよう。美人と言えなくもないけれど、化粧っ気がないので年齢がわからない。20代……かな。
彼女が口を開こうとした時、誰かがエレベーターから降りて来た。そのまま通り過ぎるのを見送ってるのは、聞かれたらマズイことでも言うつもりなんだろうか。
――――でも……どっかで見たことがあるような……。
僕はスマホを片手に持ったまま、記憶の中を探る。
「あ、もしかして……」
何度かこのマンションの周りで見たことがあった。そうだ。雑誌記者とかがたむろしてたころ。
「あなたは、越前享祐を堕落させている」
「え……」
さっきとは全く違う声色が、薄い唇から放たれた。ホラー映画に登場するような、低く恨みがこもったような、機械的な声。睨みつける双眸に背筋がひゅっと鳴った。
「私はずっと我慢してたんだっ。なのに、続編だと? ふざけんな」
「待って、落ち着いてください。あの……っ」
混乱する僕の目に、彼女が腹の辺りに置かれた手が映った。それは暖色系のライトを反射して鈍く光ってる。
「あ、やめっ!」
エントランスに東さんが入ってくるのが見えた。
「東さんっ!」
「ぎゃあああっああっ」
断末魔のような声がロビーに響く。その声は、僕が発するべきじゃないのかと、馬鹿なことを考えた。
「うそ……」
すぐ目の下に、ストレートの黒髪があった。そして、強烈な痛みが……。
「伊織さんっ!!」
東さんの見たこともないような顔がちらりと目に入った。そんなに大きく見開いたら、目玉が落ちちゃうよ……。
僕が覚えているのは、そこまでだった。
10
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

オレに触らないでくれ
mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。
見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。
宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。
『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】
まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる