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TAKE 44 混乱
しおりを挟む「シーン67、頭から。5、4、3……」
相馬亮のマンション。ドアを開けると、そこに仏頂面の駿矢がいた。
「良かった。来てくれたか。とにかく入れよ」
相馬の後をついて廊下を抜け、リビングに入る。高級そうな皮のソファーが見える。
「アパートの前に紙貼るからだろう。借金取りじゃあるまいし、体裁悪いよ」
「おまえも体裁気にするんだな」
「当然だろ。……で、こんな豪邸に呼び出して何の用だよ」
パーカーにデニムのいつものスタイル。駿矢は立ったまま、ポケットに手を突っ込んでいる。
「そうでもしないと、おまえ、アパートに入れてくれないから……座れよ」
「長居するつもりはない。今更……。もう、式の日取りも決まったんだろ」
相手の目を見ようとしない。頑なな態度に相馬は一つ小さな息を吐いた。
「ここはもう引き払うんだ。俺は実家の、本物の豪邸に戻る。そこに新居を建ててもらった」
「へえ、そりゃよかったね。そんな嬉しいニュース、別に僕は聞きたくないけど?」
「いや、違うんだ。おまえ、ここに住まないか? もちろん賃料はいらない。おまえの気のすむまで住んだらいい」
駿矢は顔を上げる。そして厳しい目つきで相馬を睨んだ。
「僕を……そうまでして支配したいのか」
「そんなつもりじゃないっ。おまえ、金を受け取らないから」
「馬鹿馬鹿しい。付き合ってられるか」
「ま、待てよっ」
駿矢は踵を返し、足を踏み出した。慌てた相馬は駆け寄ると、駿矢の腕を取る。それを払うことなく、振り返った。
「あんたの魂胆は見え見えなんだよ。自分の立場を守りながら、僕を縛っておくつもりなんだろ? 大概にしろよ。金さえ積めば、なんでも自分の手に入ると思ってんじゃねえよっ」
駿矢は相馬の腕を振り払おうとする。
「じゃあどうすればおまえは満足するんだ。本気で家も職も捨てて、おまえのアパートに転がり込めと? おまえだってモデルだか俳優だか知らんが、ヒモ付きではなれんだろうが」
駿矢は下唇をくっと噛んでから、小声で呟いた。
「最初で最後の恋……」
「え?」
「僕にだって、そうだったんだ。何を失っても僕は構わなかった。あんたと一緒にいられるなら」
駿矢の頬には既に流れ落ちる涙で何本も筋できている。相馬は苦悩の表情を浮かべた。
「覚えてたのか、俺が言ったこと。待ってくれ。それは俺も……」
振り払われた腕をもう一度取ろうとする。
「放せっ! あんたは自分に嘘をついて幸せになれるのか? 仕事とか将来とか、僕のせいにして。あんたは満足なのかよ。僕は自分の気持ちに嘘なんかつかない。あんたの『仕方ない』なんて詭弁だ。ホントは離れられなくて、だからこんな茶番をしようとしてるっ」
「駿矢……それは……」
「僕は何度も言ったよね。このままでいいのかって。あんたはこの気持ちを隠したまま生きていけるのか? 二人が出会う前の自分に戻れるのか? あんただってわかってるはずだ。そうだろ? きょ……」
――――しま……っ!
混乱して瞬時凍り付く僕の体を力強く引き寄せる腕。慌てて言葉を呑み込もうとした瞬間、僕の口は熱い何かでふさがれた。
――――享祐……っ!
体がガタガタと震える。激しいキスを受けながら膝が落ちそうな僕を、享祐は引き上げるように抱きしめていた。
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