【完結】嘘はBLの始まり

紫紺

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TAKE 35 演技なんかじゃない。

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「へえ……そうなんだ。それはおめでたいな」

 駿矢は椅子代わりのベッドに腰かけ、皮肉な笑みを浮かべた。祝いの言葉を述べても、そこには負の感情がありありとしている。

「それで……おまえのことなんだけど」
「なんだよ。結婚式の邪魔とかしないから安心しな」

 相馬は床に置かれたクッションの上に胡坐をかき、言いながら寝転がった駿矢を見上げる。

「怒るなよ……おまえへの援助はするつもりだ。その、投資かな。おまえがモデルとして食っていけるようになるまで、今まで通り」
「今まで通り? まさか今まで通り、セックスするって言うんじゃないだろうな」
「それは……」

 相馬は思わずぎょっとする。駿矢は天井を睨みつけたままだ。

「そんなつもりはない。言ったろ、投資だって」
「はんっ」

 駿矢は相馬に背を向け壁の方を向いた。

「いらない。そんなもん。縁の切れ目が金の切れ目でいいよ。僕は……」
「それはダメだ。それでは俺の気持ちが……」
「あんたの気持ち!?」

 伏していた体をばね仕掛けのように起こし、駿矢は全身から迸る感情のまま声を上げた。

「大事なのは自分の気持ちだけか。じゃあ、じゃあ僕の気持ちは考えたのかよ。僕は……」
「駿矢……」
「出てけっ! 出てけ、出てけっ!」

 いつの間にか駿矢の大きな瞳からボロボロと涙が零れ落ちている。弾丸のように体を相馬にぶつけ、激しく訴えた。

「駿矢……ごめん……」

 暴れる駿矢を相馬は抱きしめる。腕の中で突っぱねるのをそれでも力づくで、強く、強く抱きしめた。



「カット!」

 いつもの長く大げさなものでなく、感情を抑えたのか短く区切られた監督の声が聞こえた。僕は目が覚めたようにハッとした。けど……。
 どういうわけか、その声を合図にいつもは湧き起こるざわめきが聞こえてこない。僕を抱きしめる享祐の腕もまだそのままだ。だから僕も、体を離せないでいる。

 ――――どうしたんだろう?

 不安になって、恐る恐る顔を見上げた。

「きょうすけ?」
「あ、ごめん」

 ようやく腕の力が抜ける。するとそれを待っていたかのように、スタジオがどよめき、感嘆? のため息があちこちから聞こえてきた。

「良かったよ……。いや、良かったって言葉が陳腐なほどだ……」

 享祐の腕から離れ、監督の表情を窺うとすぐそう言われた。しかもため息交じりで。
 予てから大げさな人だけど、今のは何かいつもと様子が違う。今の感情をどう表していいのかわからない。そんなふうに見える。

「伊織、素晴らしかった。俺も引き込まれてしまったよ」

 演技で高ぶった感情を抑えたいのか、努めて落ち着いた声だ。切れ長の双眸に涙が滲んでいる。

「ほら……」

 差し出されたティッシュでハッとした。僕は滲んでるどころじゃない。慌てて顔を拭いた。
 そうか……。僕は涙を拭きながらようやく事の次第を悟った。

――――僕の気持ち……。叫びながら、感じてた。僕は駿矢と同じだ。隠されて、ふたをされて、なかったことにされたくない。

 なにも恥ずかしいことはしていない。堂々と、『好きだ』って言いたいんだ。今のは演技なんかじゃない。僕の叫びだったんだ。


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