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TAKE 34 スキャンダル俳優
しおりを挟む現場がもっとピリピリしてるかと思ったら、全くそんなことはなくて、いつも以上に監督の機嫌は良かった。拍子抜けと言ってしまうのは不謹慎かな。
「ごめんなさいね。三條さん。驚いたでしょう?」
享祐と話すまえに、つかつかと青木さんが僕のところへやってきた。言葉も態度も恐縮しているようだけど、表情は冷たく感じた。思い過ごしだろうか。
「いえ、僕の方は全くなんてことなくて……」
昨日の撮影でも、全くその話は出なかった。みんな、あれがポッと出たガセネタだと思っているようだった。
「でも用心しないと、今後ゲイの相手役ばかりが来たら困るでしょう?」
「え? あ、はい……でも、どんな役でも僕は有難いです」
色がついては困る。というのはあるかもだけど、僕にとって、それはまだ先の話だ。とにかく何でもやらせてもらう。それが現実だ。
「だからって、スキャンダル俳優になってはダメよ。貴方はウチの越前も気に入ってるんだから、自重してください」
事務的な様子で言われてしまった。もしかしたら、青木さんは気付いているのかも。だから、僕に釘を刺しているのか。ホントのことを言いたくなったりしないように。
「何やってんだよ。青木、よそ様のスターに余計なこと言うなよ」
青木さんにいじめられてるわけではないが、享祐が助け舟を出してくれた。ちょっとホッとする。
「越前君に言っても聞かないから。よそ様のスターだからこそ、迷惑かけられないでしょ」
「ああ? 全く信用無いな。伊織、監督が話あるって」
「え、はい。今行きます」
僕は青木さんにぴょこんと頭を下げてから、享祐の後を追う。
「悪かったな、伊織。心配性が過ぎるんだよ、青木女史は」
「享祐のこと思って言ってるんだよ。僕のことも気にかけてくれてる」
「ああん? お人よしだな、伊織は。ま、そういうとこも好きだけど」
後半は声を顰めた。耳が熱くなる。
監督からは、今回の記事には過敏に反応しなくていいと言われた。
この記事を逆手に取った方が賢い。という、ウチの社長と同じような意見だ。平然としていた方が、外野が勝手に騒いでくれて話題になると言うのだ。
「ところで、ホントのところはどうなんだい? 越前君がそっち系とは知らなかったが」
なんて、小鼻をヒクヒクさせながら聞いてきた。完全に楽しんでる。
「それは、もちろん秘密です」
今度は享祐が右側の口の端を上げ、さらりと応酬した。僕は後ろで苦笑いするのが精一杯。やっぱり、長いことこの世界で頑張ってる人は違うなと思う。
――――だからと言って、カミングアウトするのはまた別の問題なんだ。
あの夜、享祐は僕が作っていた壁をいとも簡単に飛び越えてきてくれた。『役作り』なんて嘘は、もう止めないか。と言って。すぐ近く、手の届くところに享祐は来てくれたんだ。
――――だけど今は。また遠くに行ってしまった。そんな気になる。
「よし、第八話、シーン48。準備してっ」
監督がスタッフ、キャストに声を掛けた。僕は頭を振り、頬をニ、三度叩く。一つ深呼吸をして、見慣れたセットへと足を進ませた。
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