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TAKE 32 長い沈黙
しおりを挟む「え、それどういうことですか? いや、なにも答えてませんっ」
東さんから朝イチもらった電話。若いマネージャーは今まで聞いたことないほど狼狽えていた。それが伝染したわけではないけど、僕も完全に浮足立った。
『セクシー俳優にゲイ疑惑浮上。ドラマのカップルは演技じゃなかった?』
セクシー俳優って……。そんな下世話な呼び名で享祐を呼んで欲しくない。こういう記事に載ることだって腹立たしいよ。
東さんから送られたネット記事には三流記事そのまんまのタイトルが躍ってた。写真にはドラマ撮影中のキスシーン。こんなの何の証拠になるんだよ。
いらいらしながら指を動かすと、バスローブのままホテルの廊下を歩く後ろ姿が目に飛び込んで来た。
――――これ……。
京都のホテル。後ろ姿は享祐のものだった。
――――一体誰が……。
誰かなんてとうにわかってた。記者名の欄に知った名があった。あの時の下品な男の顔を思い出す。
――――真壁……あいつ、いつの間にこんな写真。
写真には、『深夜のホテルの廊下。共演者、三條伊織の部屋から戻る越前享祐の姿があった』なんて説明文が。
それでも、こんなのは無視できる。下手に言い訳する必要もないんだ。
相手が女優さんだったら言い訳してもしなくても炎上しそうだけど。男同士だし。逆にドラマへの関心が増していい宣伝効果になったかもしれない。
――――本当に怖いのは、これが事実ってことだ。
これ以上深堀りさせるのは防がなきゃ。他のキャストやスタッフに迷惑かけちゃいけないし、享祐の事務所も怒ってるんじゃないかな……。
――――今まで通りってわけにはいかないよな。
マンションの中なら大丈夫だと思うけど、あの真壁ってのがこのまま黙ってるとも思えない。
部屋のなかで悶々としてると、スマホに着信が。画面を見て、僕は慌てて出た。
「享祐っ。あの……」
『どうした? 落ち着け、何でもないんだ』
落ち着いたいつも通りの享祐の声。僕の行き先不明の感情をすっと元に戻してくれた。僕は安堵の息を吐いた。
「うん。そうだね……ありがとう」
『ただ……』
少し声を顰めるよう、享祐が言い淀んだ。僕は身構える。
『青木から連絡があって、玄関前にレポーターが集まってるみたいなんだ。俺は事務所から迎えに来てもらうから、伊織もそうしろ。今日も仕事あるんだろ?』
玄関前にレポーター……。多分お目当ては享祐なんだろうけど、僕がいつもみたいに徒歩でウロウロしてたら捕まってしまう。焦って下手なこと言っちゃったら大変だ。
「うん、わかった。東さんに頼むよ。あの……享祐」
『どうした?』
僕はぐっと拳を握る。
「僕たち、しばらく会わない方がいいのかな」
沈黙が流れる。多分数秒にも満たない時間なんだろうけれど、僕には途方もなく長い時間に感じた。打てば響くようないつもの享祐には珍しい。
『そうだな……マンションに入り込めないとも限らない。連中はハイエナみたいな奴らばかりだから。こちらからネタを提供してやることはないだろう』
今度は僕が沈黙してしまった。わかってたことだけど、心に重石を置かれたみたいで言葉が出なかった。
『伊織?』
「あ、うん。そうだね……ごめん」
なんで謝ったんだろう。だけど、すぐ答えなきゃいけなかったんだ。
『謝る必要はない。不用意な姿を撮られたのは俺だし。せめて服着てればよかったのにな』
「そんなこと……」
『明日、撮影で会えるし。電話もするから』
「うん……」
言いながら、自然に涙が出てきた。こんなことで泣いてどうする。享祐に心配かけちゃ駄目なのに。
「じゃあ、明日」
僕は無理矢理電話を切った。そうじゃなければ、嗚咽が漏れそうだったから。
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