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TAKE 24 小さな疑念
しおりを挟む「あんた、あの女の言いなりなんだな」
馬鹿にしたような言い方だ。陽だまりの狭いアパートの部屋。窓際に立つ駿矢は床で胡坐をかく相馬を見下ろした。
「言いなりになんかなってない。仕方ないだろう? バレるわけにいかないんだ」
じろりと睨むがすぐに目は下を向く。最後は独り言のようにはき捨てた。
「はん、意気地がねえな」
すぐ横のベッドに音を立ててひっくり返った。そのまま天井に視線を泳がす。
「おまえ、わかって言ってるのか? 俺があの家から追い出されたら、俺たちの関係もおしまいだ」
「ああ、そうだな。金の切れ目が縁の切れ目ってか? 昭和かよ」
くるりと相馬に背を向け横になった。呆れてそっぽを向いたのか、それとも表情を見られたくなかったのか。
「こっち向けよっ」
駿矢の背中に強く膝があたる。相馬がベッドに乗りあがり、無理やり駿矢の腕を取ってこちらを向かせた。
「駿矢、泣いて……いるのか?」
はっと息を呑む相馬。視線を合わせようとしない駿矢の姿に胸を締め付けられた。
「すまん……」
言いながら合わせる唇は、涙の味がした。
ドラマの撮影は佳境に入っていた。心はお互いを求めているのに、別れの影が忍び寄ってくる。敏感な駿矢はそれに怯えているんだ。
それは今、僕が抱えているモヤモヤに似ている。
――――いつまでも『恋愛ごっこ』してられない。いずれ、この撮影も終わりを迎える。たとえハッピーエンドで終わっても、僕は全然ハッピーじゃない。
「いやあ、伊織君の演技には、なんか凄まじいものを感じるよ。素晴らしいっていう形容が陳腐に感じるほどだ」
第五話の最終シーンを撮り終えてすぐ、監督さんが駆け寄って来た。僕らはまだベッドの上、シーンの余韻のなかにいたので、すぐに返答できなかった。
「あ……はい。いえ……」
「いい演技だったよ。伊織」
享祐が僕の肩をとんとんと叩く。
「ありがとうございます。越前さんや監督に褒められたら、調子に乗ってしまいそうです」
我に返った僕は、とりあえず耳障りのいいセリフを言った。
「さすが越前君は先見の明があるな。いや、君の提案を受け入れて良かったよ」
「え? 監督、それはどういう?」
――――『君の提案』? 享祐が何か提案したのか? 演技のこと……いや、まさか。
「俺は何も言ってませんよ。全て監督にお任せしていますから」
「いや、だけど」
「林田監督、来週のロケのことで青木に相談があるんですよね。時間ないので今お願いできますか?」
明らかに仏頂面の享祐が、監督の言葉を遮った。それをどう受け取ったのかわからないが、監督はすぐに笑顔を作る。
「あ、ああ。来週の話。そうそう、ちょっと困ったことになってて、青木さん、すみません」
林田監督はそそくさと、いつもながら腕組みして仁王立ちの敏腕マネージャーの元へと行った。
有名監督も青木さんには一目置いているのが丸わかりだ。
でも今はそんなことどうでもいい。明らかに享祐は監督の会話を断ち切った。僕にこれ以上聞かせたくないと言わんばかりに。
「享祐、さっきの話……」
「ああ、なに言ってんだろうな。俺にはさっぱりだよ」
両手を広げて首を振る仕草。これ以上突っ込んでも『知らない』と言い張りそうだ。
――――何か、隠してるのか?
僕の心の中に、小さな疑念が浮かんでそのまま居座った。
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