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第2部

第98話 人生成功

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 年が明ける前に、佐山は僕の実家に行きたいと言い出した。本当は正月に帰りたいが、渡米を控えてそうもいかないからだ。でも、そんなに急がなくても実家はなくならない。

 ――――もしかしたら、マジで永住を考えているのかも。

 僕はなんとなくそう考え付いた。佐山自身、決めているわけじゃない。でも、じっくりそこで仕事をしたいと思うかもしれないじゃないか。

 LAは何といっても、あいつが好きな音楽の中心地だ。スタジオだって有名ミュージシャンが活動していた聖地がいくつもあるんだ。映画の仕事をしながら、そこらを訪ね歩いたり、使ったりしてるだけで月日が経ってしまいそうだ。
 いつの間にか浦島太郎のように、長居してしまうことも十分に考えられる。国籍がどうこういうのは、もっと先の話だ。

 映画会社の音楽スタジオは超一流だし、僕らが住む予定の邸宅にも立派なスタジオが付いている。このアパートのような防音室に機材を運んだだけの付け焼刃じゃないんだ。

 ――――居心地が良すぎて、離れられなくなっても仕方ないよな。日本に向けての仕事も向こうで十分できる。ツアーの時だけ帰国すればいいんだ。わ、なんか大物ミュージシャンみたいだな。

 それでも、ここであいつと暮らした日々は忘れがたく大切だ。もう帰ってこないのなら、やっぱり寂しいな。

「どうした? 倫、ぼんやり部屋を見渡して」

 その作業部屋から佐山が出てきた。例の自動車会社のタイアップ曲。向こうから絵が送られてきたので、微調整してるんだ。

「あ、ううん。そうだ、母さんに電話したよ。いつでも来ていいって」
「お、マジか。よし、ついに倫の生家に行ける! あんたの部屋で寝ような」

 おいおい、そこでよからぬことをするんじゃないだろうな。さすがに実家でそれは嫌だ。

「佐山には客間で寝てもらう」
「ええっ! そんな」

 田舎の家なので、部屋数だけはあるんだ。良かった。佐山は僕の隣に座るとあからさまにガッカリと肩を落とした。

「なあ、佐山。おまえ、マジで向こうに永住する気持ちがあるのか?」

 不満そうな表情すら愛おしい。おまえには何も隠さなくていいよな。だから、佐山にも正直に言って欲しいんだ。

「あ? ああ。そうだなあ。そんなことになるかもって思ってるんだ。俺はあんたとなら、無人島だって、都会のど真ん中だって同じように幸せだけど」

 ううむ。出来れば無人島は遠慮したい。

「行ってみなけりゃわからんってのはあるけど。少なくとも半年は帰らないつもりなんだ」
「え? そうなのか?」
「もちろん、仕事で必要とあれば一時帰国はするよ。だけど、俺もこのオファーには、全精力を掛けたいと思ってる。あ、あんたに掛ける時間と気持ちは減らさないから心配するな」
「そこは心配してないよ」

 てか、そこじゃないだろ。減っても僕は文句言わないし、多分。

「そうだよな……。おまえの実力を疑うわけじゃないけど、生半可な気持ちじゃ受けられないよな。正真正銘、世界の佐山になるんだから」

 言葉にすると、武者震いじゃないけど体が震えてくるよ。恐ろしくもある。

「失敗するつもりはない。俺はあんたさえいれば、人生成功だって思ってるからさ。でも、受けた以上、期待には応えたい」
「佐山……」

 あいつはソファーの背もたれに体を委ね、僕の方に顔を向ける。きらきらとした黒曜石みたいな双眸にセクシーな唇の口角を上げている。僕の心臓が胸から飛び出しそうだよ。

「なんだよっ。カッコよすぎだろ」

 僕はあいつに抱きついた。

「惚れるだろ?」
「惚れるよっ!」

 もう、何度でも惚れなおす。おまえに夢中だよ。
 あいつの腕が僕の背中から首の後ろへと流れ、自然と顔を上に向かせる。僕は磁石が引き寄せられるようにあいつの唇に自分のそれを触れさせた。

「ん……」

 おまえがどこまで考えているのかわからない。だけど、僕の気持ちもちゃんとわかってるよな。
 僕らは、なにものにも邪魔されないし、縛られない。そうだ。おまえが言った通りだよ。僕ら一緒にいれば、人生成功なんだ。

 あいつの熱い想いが絡んだ舌に伝わってくる。僕はそれを1ミリも逃さまいとおまえにしがみついた。




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