上 下
203 / 208
第2部

第97話 ちょっとだけ

しおりを挟む


 整理の付かない頭のまま僕は帰宅した。電車の中でも、エレベーターの中でも、さっき見た絵面が浮かんでは消えていた。

「ただいま」
「おかえりっ! 今日も俺が晩飯作ったぞ!」

 玄関を開けた途端、あいつがいつものように突進してきた。身構えるのを忘れた僕は、そのままドアに背中をぶつけてしまう。いてっ。

「ん? どうした、倫。ぼんやりして……どっか具合でも悪いのかっ?」

 佐山はびっくりして僕の肩を揺すった。目がマジだ。今でも僕が倒れたことを鬼のように忘れずにいる。咳するだけで大騒ぎなんだよね。嬉しいけど。

「違うよ。いや、ちょっと受け身できなかった。実はさ……」

 僕はリビングに向かいながら、事務所で見たショッキングな出来事を佐山に話して聞かした。

「ああ、なるほどね。水口さん、そう出たか」
「なに、どう出たんだよ。おまえなにか知ってるのか?」

 驚くでもなく、一人合点がいったように言う佐山。おまえ、水口さんの何を知ってるんだ。

「あれ、倫、知らなかったのか? 水口さんは俺なんかよりずっと場数踏んでるゲイだよ。ま、あんたに手を出すような馬鹿じゃないことはわかってたから、敢えて言わなかったけど」

 そうなのかー! 全く、全く気が付かなかったよっ。

「じゃあ、なにか? 水口さん、八神さんのこと……」
「手なずけるつもりだったのか、本気なのかは知らんけど。大人しくさせるにはいい方法だったよな」

 僕は二の句が継げなかった。かき上げたストレートヘアの下に覗く涼やかな目。いつもスーツをパリッと着こなす大人な男性。
 沈着冷静の切れ者で、社長が一目も二目も置いてる。僕が手を焼いていた、あの性悪狸をあっという間に手懐けてしまった。

「ううん。なんかもう、水口さんへの印象が180度変わっちゃったよ。佐山、よく知ってたな。僕らが事務所に入るまで面識なかったろ?」
「そりゃ。そういうのに敏感じゃなきゃ、あんたを守れないだろ? なにかと完璧な倫も、そこだけは疎いからさ。下手に迫られたりでもしたら、俺は悔いても悔やみきれんからな」
「はあ……」

 それについては、何も言えない。そんなアンテナ、僕にはついてないんだ。
僕がジャケットを脱いでソファーの背にかけると、その代わりと言わんばかりに背中から抱きついてきた。

「なんだよ……もう晩飯食べるんだろ? 作ってくれてありがとうな」
「んー。その前にあんたを食べたい。いいだろ?」

 振り向く僕の頬にキスをする。そして器用に僕のシャツのボタンを外し始めた。そうだよな。人の恋路なんておまえにはどうでもいい話だろう。

「ちょっとだけだぞ」

 ちょっとって、どこまでをちょっとと言うんだろう。自分で言っておいてふと考える。まあいいか。
 おまえは満足そうに頷き、僕の唇にキスを降らす。うっとりするようなおまえのキスに僕はすぐ夢中になってしまうよ。
 僕が疎いのは仕方ないとしても、心配しなくていい。どんな時でも僕にはおまえしか見えていないんだから。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

ハーバルお兄さん~転生したら、イケおじ辺境伯と魔王の子息を魅了ヒーリングしちゃいました~

沼田桃弥
BL
 三国誠は退職後、ハーバリストとして独立し、充実した日々を過ごしていた。そんなある日、誠は庭の草むしりをしていた時、勢い余って後頭部を強打し、帰らぬ人となる。  それを哀れに思った大地の女神が彼を異世界転生させたが、誤って人間界と魔界の間にある廃村へ転生させてしまい……。 ※濡れ場は★つけています

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

電車の男 同棲編

月世
BL
「電車の男」の続編。高校卒業から同棲生活にかけてのお話です。 ※「電車の男」「電車の男 番外編」を先にお読みください

処理中です...