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第2部

第95話 生きやすい場所

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 焼き肉と言ってもそこらにあるチェーン店ではなく、会員制の高級焼き肉店をチョイスする。少なからずテンション上がるね。
 別にハリウッドから仕事が来たからってわけじゃないし、レコ大にノミネートされたからでもない。

「巧、すごいな、こんな高級焼き肉店、初めてきたよ」
「タイアップ契約できたおかげです。CMは本当にありがたいんです」

 さすがに車は来なかったけど、この店でも使える招待券をもらったんだよ。ホントに最高のタイミングだった。やっぱり大手は違う。

 佐山も最初は乗り気じゃなかったけど、最高級ロース肉の登場に、我を張るのを辞めたらしい。めっちゃ子供に戻ってはしゃいでいた。そうしたかったんなら、さっさとすればいいのに、変なとこ頑固だよな。

 僕らはこの日、お父さんのお墓参りを一緒にしてからこの店に来た。お墓は都内の有名な墓苑にあって、元お金持ちだからなのか敷地も広くて立派。
 そこを3人で綺麗にしてきた。僕はここにようやく来れて、ご挨拶出来たことが素直に嬉しかったよ。



「そうなんだ。ロスに。益々すごいことになったんだな。いや、素直におまえを信じてなくて申し訳なかった。危うくおまえの輝かしい未来を葬るところだったよ」

 油で汚れた眼鏡を拭きながら、お兄さんは申し訳なさそうに言う。

「ふざけんな。兄きの言うことなんか端から聞く気なかったしな。それにかえって頑張れたよ。今に見てろって」

 肉を頬張りながら佐山。嘘でもないだろうけど、おまえが自分の意志を貫くのはわかる。ただ、『今に見てろ』っていうのは盛ったんじゃないかな。いい意味でも悪い意味でも、おまえは周りの雑音を意に介さないから。

「海外で暮らすのに、なにかアドバイスとかありませんか? 僕ら、長期滞在は初めてで」
「いやあ、僕も米国は旅行くらいで。でも、簡単な法律とかは抑えておいた方がいいですよ。思いも寄らない条例とかありますから」
「あ、なるほど。そうですね」
「そうだ。あそこなら同性婚もできるんじゃないですか?」

 え? お兄さん、それはまた物凄いとこ攻めてきましたね。こういう天然なところは兄弟なのかな。

「馬鹿か。あっちに国籍ないとだめだろうが。簡単に言うなよな。最低5年はあっちに住んで、税金納めてなきゃいけないのに」
「佐山……おまえ」

 箸を落とすほど驚いた。同性婚はおろか、アメリカ国籍取得の条件なんて僕は知らない。向こうで生まれたら結構簡単に取れて、同級生にもいるけど、それ以外は知らなかった。なのにすらすらと答えるなんて、調べてたのか?

「あ、アプリの先生に聞いたら教えてくれたんだよ。それだけだから……」

 素で驚く僕に、佐山は慌てて言い訳をした。それ、嘘だよな。おまえ、調べてくれたんだ。僕とのこと……マジで真剣に考えてくれてるんだな。
 僕は法律的な繋がりには拘らないけど、おまえの気持ちが有難くて嬉しいよ。

「あ、巧、すまない。失言だった」
「だよ、ホントに。……でも、気に入ったら永住もありだなあ。LAは、レコーディングで一度だけ行ったことあるけど、いいところだった」

 佐山が言うのは、サポート時代でお供したときのことだ。残念ながら僕と出会う前の話なので、僕は知らない。
 思わぬお兄さんの勇み足で、ちょっとだけ場は荒れたけど、なんとか軌道修正できた。その後は、ロスでの生活や会社の話で盛り上がり、会食は無事終わった。



 帰りの電車は空いていて、僕らは並んで座った。佐山は少し赤らんだ顔で、うとうと眠っているようだ。
 僕はあいつの行儀よくおかれた左手にそっと自分の右手を触れさせる。ぴくりとあいつの指が反応したように思えた。

 ――――永住か。おまえが本気で考えているのなら、僕にも異存はない。でも、結婚のためだけなら必要ないからな。おまえが生きやすいところで生きていけばいい。僕にとって、そこが生きやすい場所なんだから。

 寝たふりをして、僕はあいつの肩に頭を乗せる。するとすぐに、あいつの頭も降りてきた。地下鉄でこんなに無防備でいられるのは日本だけだな。




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