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第2部
第93話 いつもどおり
しおりを挟む緩やかなメロディが僕の耳に届く。最初は小さな囁きのようだったのが、少しずつボリュームを増していく。
アラームとして使っている佐山のバラードだ。僕は布団にくるまったまま、手を伸ばしてスマホを取った。
「8時か……起きるかな」
昨日、僕らは夕方帰宅した。佐山が止めるのも聞かず、僕は片付けと洗濯にまい進した。夕飯は見かねた佐山が作ってくれて……。それをお腹に納めたころ、ようやく落ち着いてきた。
その後は、あいつが僕を日常に連れて行ってくれた。いつも通り僕をベッドに誘い、いつも通り僕を抱いた。そのまま僕らは眠りに落ちて、朝が来た。
「んん? もう朝か?」
「ああ、まだ寝ててもいいぞ」
「うーん、起きるよ。でもその前に」
佐山は寝ぼけまなこそのままで、ベッドから降りようとする僕の腕を取った。
「わ、なんだよ」
「目覚めの口づけ」
腕を取られ再びベッドに転がる。僕の目の前に、彫りの深いあいつの笑顔が被さってきた。いつもながらのそそる唇が僕のそれにそっと触れる。意志を持った舌が僕の唇をなぞり、割って中へと入ってきた。ゆっくりと絡め合い、濃いキスを交わした。
なにがあっても、おまえは変わらないでいてくれる。それがともすればどこかに飛んでしまいそうな僕の意識を引き戻してくれるよ。どんなに有頂天になっても、僕らは僕らであることを忘れないようにしないとな。
だけど、世界で認められるチャンスを与えられたおまえを僕は心から誇らしく思ってるよ。おまえがのびのびと仕事ができるよう、僕も一生懸命頑張るからな。
リビングで朝食を摂っていると、水口さんから電話が入った。例の件だろう。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
『こちらこそ。私も久しぶりに興奮しましたよ。えっと、向こうから契約書の叩き台が来たんで、目を通しておいてください』
「え、早いですね。了解です」
こういうのはテンプレがあるんだろう。当然だけど、全部英語、A4で20枚分くらいある。さすがにここまで多いとげんなりする。にしても、水口さんでも興奮したんだ。いや、するよね。
「あっちにはいつ行くんだ?」
「昨日の話だと来年早々かと思う」
「ちょっとは英語話せるようにしたほうがいいかなぁ」
佐山は僕のPCを覗きながらそう言った。実際話せた方が佐山にとっても楽だろうけど、あまりそれに気を取られて欲しくない。
「気にしなくても大丈夫だよ。佐山は耳がいいから、現地に行ってからでも間に合うと思う。僕もいるし。それより、依頼、大丈夫か? これから少し忙しくなるかもしれないよ」
勉強させてやりたいけど、余裕があるかどうか。ビザを取ったりも必要だろうしなあ。少なくとも3ヶ月は行ったっきりになる。
「ああ、まあ大体完了してるから大丈夫。でもそうだな、あっという間に年末とか来そうだし。やることやっておくよ」
「うん。あ、そうだ。アプリで英会話できるの探しとく。やらないよりはいいはずだ」
「了解」
ずいぶんと聞き分けのいい佐山は、朝食を平らげると作業部屋に向かった。恐らくお兄さんが勤めている自動車会社のCMが気になっているんだろう。大体完了してると言っても、しっかり仕上げたいんだ。
――――そういう仕事ぶりが、認められたんだよな。あのスポドリの楽曲だって、タイアップされたとき、ちゃんと手直ししてるんだ。
作業部屋に入っていくあいつを目で追う。少しくせっ毛の髪ががっしりとした背中で揺れている。
セクシーな後ろ姿に僕はまたときめいてしまった。ここに難解な英文がなければ、その背中にしがみついたのにな。
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