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第2部
第89話 宝物×2
しおりを挟む変な時間に起きたので変な時間に二度寝して、目が覚めたのは10時を回っていた。昨夜、腹が裂けるくらい食べたおかげでお腹も空かない。リハがなければまだグタグタしたかったくらいだ。
「何時からだっけ」
佐山も同じ気持ちだったのか、背伸びをしながら聞いてきた。
「2時にSSNホールだよ」
「あー、わかった」
佐山はあきらめたようにバスルームに向かう。僕も着替えて天気予報でもやってないかとテレビを付けた。喉が渇いたな。もう部屋の珈琲もなくなちゃったし、ロビーのカフェにでも行くか。
「お、佐山の曲だ」
荷物を片付けていると、例のスポドリのCMが流れてきた。もう秋なのにまだ流れていて嬉しい。これのおかげで配信が伸びたといっても過言ではないし。
「あ、これな。お父さんも知っててさ。受け良かったよ」
いつの間に風呂から出て来たのか、バスタオルで拭きながら佐山が言った。
「え、この曲、親父知ってたの?」
「ああ。お父さん、やっぱり経済的なこと気にしててさ。まあこういう仕事、浮き沈みがあるからわからんでもないよ」
「全く、僕だってその気になればなんでもやるのに」
「いやいや、それは違うだろ。でもな、俺はかなりの曲を書いてるから、そこを説明したんだよ。タイアップしてる曲とか教えたら、知ってる曲ばかりだったみたいでさ。それで安心してもらえた」
「へえ……」
少し意外。佐山が楽曲提供したのはスマッシュヒットくらいは必ずするし、ここの収入は大きい。ただ、まだまだ単価が安いからな。もちろん、そのうち絶対認められるって僕は思ってるけどね。
「俺の作る曲はどれもいい曲だって言ってくれたぞ。さすが倫のお父さんは耳も趣味もいいな」
佐山はクローゼットにぶら下がっていた濃紺のシャツを纏う。髭も綺麗に剃り上げてて、うわお、かっこいいな。
「そうか。まあ、わかりやすくてよかった。やっぱりテレビの力は凄いな」
「ううん? 俺様の腕だよ」
「ははっ、それはそうだ」
男なんかと付き合ってる。親父はそう言ってたな。その憤りは消えたんだろうか。要は稼ぎ。安定した生活ってこと? なんだか釈然としないな。
「言っとくが、お父さんは俺の稼ぎばかり気にしてたんじゃないからな」
あれ、僕の怪訝な表情を読んだかな。
「じゃあ、何が良くて『お父さん』呼びを許してもらったんだよ」
「それはなあ。内緒だ」
「なんでだよっ」
ボタンを三つ目まではめてしまうと、僕の手首をつかんだ。そしてぐいっと引き寄せる。
「俺もたまには恥ずかしいんだよ。あんたが俺の宝物だって、人に言うのはさ。しかも相手も同じ様に思ってる人だからな」
抱きしめる腕に力が入る。濃紺のシャツだけで十分やられてたのに、僕はもう完全ノックアウトだよ。
親父が僕を宝と思ってるかどうかは知らんけど、曲がりなりにも僕のためと思ってる相手は難しかったろう。それを佐山は堂々と勝負してくれたんだ。
「ありがとう。おまえも……僕の宝物だよ」
今度は僕が腕に力を込めた。僕らはしばらく、そのまま体を離すことができなかった。
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