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第2部
第74話 業務用メールボックス
しおりを挟む腰が重い。なんてどこかのオッサンみたいなことを呟く僕を許してほしい。あいつは宣言通り、僕がヘタるまで爆走し続けた。今は爆睡だけど。
それまで酔っぱらって意識なかったくせに、アパートに戻った途端、あいつは覚醒した。
「俺はこの夜を、ずっと待ってたんだよっ。寝てられるか」
相変わらず大げさな奴だ。ずっと待ってたって、まるで禁欲してたみたいに言うけど、ライブがあってもなくてもおまえ僕を抱いたよな? それはなかったことになってんのかね。いっつもおまえが発情期みたいに突進してきた。
……そりゃ、たまには僕もねだったけどさ。
「ツアー最終日のテンションは特別なんだ。この特別の高揚感の全てを掛けて倫を幸せにする」
真剣な表情で僕を見つめ宣言する。黒曜石みたいな瞳がきらきら輝いているよ。確かにレコーディングから半年以上、走り続けてきたんだものな。僕もおまえを労いたい。
「ああ。ずっとカッコよかったよ。最高のパフォーマンスだった」
「俺を見くびらないでもらいたい。最高のパフォーマンスはこれからだ」
……そうですか。それは……喜んでいただきます。
あいつの最高のパフォーマンスは、お日様が遠慮がちに上がってくるまで続けられた。僕は奴の腕のなかで、何度も甘美な頂点を味わった。確かに……最高だったよ。
佐山が気絶したように寝ている間、僕はシャワーに向かった。冒頭呻いたように腰がだる重い。股関節も鈍痛がする。枕を下に置いてあいつは僕を責め立ててたけど、受けるのも腰に圧がかかるんだよ。ふう、暖かいお湯が気持ちいい。
スッキリしてリビングに向かい、軽く仕事をする。ツアー最終日の興奮ももちろんだけど、色々の後始末がある。SNSの動向も気になるし。
「あれ? このメール」
仕事用メールの受信ボックスに見たことのある名前を見つけた。
――――佐山のお兄さんだ。
佐山聡。仕事用の受信ボックスには(株)で始まるもの、カタナカやアルファベットの名前や社名が並ぶ。その中で異彩を放つ日本語の氏名。
先日、僕はお兄さんに名刺を渡したから、ここにメールを送ってくれたんだろう。プライベートのメールを書き足しておけば良かった。
僕はドキドキしながらメールを開く。僕が飲み会に向かった後、佐山はお兄さんとどんな話をしたのか僕は敢えて聞いていない。このメールが胸を痛めるものではないように祈った。
『ツアー全日程完走、おめでとうございます。評判も上々だったようで安心しています。市原さんもお疲れさまでした』
お兄さんのメッセージはライブが素晴らしかったことや、何年ぶりかに佐山と会えてよかったなど、とても好意的な文で埋め尽くされていた。僕は胸を撫でおろしながら目を走らせる。
『まだまだお忙しいとは思うけれど、市原さんと二人でお会いしたい。巧に言うかどうかはお任せするが、内緒の方がいいかもしれないね。あいつのことだから、会うなと言いそうだ。良ければ連絡ください。よろしくお願いします』
僕はゴクリと唾を飲み込む。突然の提案に僕は緊張する。だけど……。
――――僕もお兄さんと二人で会いたいと思ってたんだ。
断る理由はどこにもなかった。
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