175 / 208
第2部
第69話 遠慮がちな笑顔
しおりを挟む東京公演には予想通り、佐山のミュージシャン仲間や仕事関係の人がたくさん観に来てくれた。
今回のツアー最大のキャパだから有難い。ロビーの祝い花には、例のスポドリメーカーからも届いていた。そしてもちろんこの人も。
「聞いたぞー。八神、クビにしたんだってな」
「三杉さん、大きな声で言わないでください」
開演前、楽屋にやってきた。リハで忙しいってのにお構いなしだよ。まあ、佐山にではなく、僕のところに来るのはそれなりに気を使ったのかもしれないけど。
「でも、なんで中館さんなんだよ」
「さあ。僕は人選には加わってないんで」
ふふ。佐山が決めたんだから、仕方ないだろ。
「本当か?」
「ホントですよ。名古屋ライブの時に、既に打診してたらしいです」
「マジか! くそう。名古屋まで行けばよかった」
全く何を言ってるんだか。確かにタイミング的なこともあったかもしれない。ダークソウルはツアー終わってフラフラしてる時期だったし、うまい具合にライブに遊びに来てくれた。だけど……。
「タイミングだけじゃないと思いますけど」
「なんだとっ」
三杉さんはロックTに黒の革パンという、アーティストまんまのいで立ち。スタイルの良さが際立ってるよ。佐山がリハから戻ってくる前に出てってくれないかな。
「そう邪見にすんなよ」
「してませんよ」
僕の冷たい視線に気が付いたのか。そういうとこ、目ざといんだよ。
「まあ、おまえは良かったよな。面倒な奴がいなくなって」
「おかげさまで。あ、もう行かないと。ライブ後、店で会いましょう」
うまい具合にエンジニアさんが僕を呼んでくれた。一礼をしてステージの方へと走る。実際忙しいんだよ。
それに今日は三杉さんに構ってる場合じゃない。なんと言っても、佐山のお兄さんが来てくれるんだ。今はライブの成功とその後のお兄さんのことで脳内フルスロットルなんだから。
僕に震えるようなキスを残して、佐山がステージに向かう。もう何度も見送った後姿に、僕は初めてのように感動し高揚する。心臓がどきどきよりもキュンキュン鳴ってるよ。
そしてひとたびギタリスト佐山になると、ホールに集まった全ての人を魅了しつくす。舞台袖で、ライトに照らされるあいつの横顔を眺めながら、僕はこの日も至福のため息をついた。
「お疲れ様でした!」
サポメン一人一人にドリンクとタオルを渡す。ちなみに今日のドリンクはスポンサーさんから差し入れされた例のスポドリだ。
「お疲れー。あ、このCM見た。良かったよー」
「ありがとうございます。塩谷さんのドラムもばっちりでしたよ」
公演後のいつもの情景だ。佐山もメンバーたちと興奮冷めやらぬ感じで話している。そのうちパープルシャドウや三杉さんたちのバンドメンバーがやってきて、ちょっとしたカオスだ。
「市原さん、お疲れ様です」
みんなの対応をしながら駆け回ってると聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、青山君、ありがとう!」
マネージャー仲間の青山君だ。メンバーと一緒に来てくれたんだろう。
「あの、市原さん、お客様みたいで……」
パーカー姿で小柄な青山君の後ろに、こういう場ではあまり見かけない類の男性が立っていた。
ハイネックのシャツにジャケットを羽織り、ゆとりのあるパンツをはいている。がっしりした背格好、でも少しお腹が出ている短髪の彼は、僕に遠慮がちな笑顔を向けていた。
「初めまして……」
その人が誰か。僕はすぐにわかった。
「市原と申します。佐山のお兄さんですね」
縁なし眼鏡をかけたその人は、小さく頷いた。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
キスから始める恋の話
紫紺(紗子)
BL
「退屈だし、キスが下手」
ある日、僕は付き合い始めたばかりの彼女にフラれてしまった。
「仕方ないなあ。俺が教えてやるよ」
泣きついた先は大学時代の先輩。ネクタイごと胸ぐらをつかまれた僕は、長くて深いキスを食らってしまう。
その日から、先輩との微妙な距離と力関係が始まった……。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
生意気オメガは年上アルファに監禁される
神谷レイン
BL
芸能事務所に所属するオメガの彰(あきら)は、一カ月前からアルファの蘇芳(すおう)に監禁されていた。
でも快適な部屋に、発情期の時も蘇芳が相手をしてくれて。
俺ってペットか何かか? と思い始めていた頃、ある事件が起きてしまう!
それがきっかけに蘇芳が彰を監禁していた理由が明らかになり、二人は……。
甘々オメガバース。全七話のお話です。
※少しだけオメガバース独自設定が入っています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
スパダリ様は、抱き潰されたい
きど
BL
プライバシーに配慮したサービスが人気のラグジュアリーハウスキーパーの仕事をしている俺、田浦一臣だが、ある日の仕事終わりに忘れ物を取りに依頼主の自宅に戻ったら、依頼主のソロプレイ現場に遭遇してしまった。その仕返をされ、クビを覚悟していたが何故か、依頼主、川奈さんから専属指名を受けてしまう。あれ?この依頼主どこかで見たことあるなぁと思っていたら、巷で話題のスパダリ市長様だった。
スパダリ市長様に振り回されてばかりだけと、これも悪くないかなと思い始めたとき、ある人物が現れてしまい…。
ノンケのはずなのに、スパダリ市長様が可愛く見えて仕方ないなんて、俺、これからどうしたらいいの??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる