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第2部

第69話 遠慮がちな笑顔

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 東京公演には予想通り、佐山のミュージシャン仲間や仕事関係の人がたくさん観に来てくれた。
 今回のツアー最大のキャパだから有難い。ロビーの祝い花には、例のスポドリメーカーからも届いていた。そしてもちろんこの人も。

「聞いたぞー。八神、クビにしたんだってな」
「三杉さん、大きな声で言わないでください」

 開演前、楽屋にやってきた。リハで忙しいってのにお構いなしだよ。まあ、佐山にではなく、僕のところに来るのはそれなりに気を使ったのかもしれないけど。

「でも、なんで中館さんなんだよ」
「さあ。僕は人選には加わってないんで」

 ふふ。佐山が決めたんだから、仕方ないだろ。

「本当か?」
「ホントですよ。名古屋ライブの時に、既に打診してたらしいです」
「マジか! くそう。名古屋まで行けばよかった」

 全く何を言ってるんだか。確かにタイミング的なこともあったかもしれない。ダークソウルはツアー終わってフラフラしてる時期だったし、うまい具合にライブに遊びに来てくれた。だけど……。

「タイミングだけじゃないと思いますけど」
「なんだとっ」

 三杉さんはロックTに黒の革パンという、アーティストまんまのいで立ち。スタイルの良さが際立ってるよ。佐山がリハから戻ってくる前に出てってくれないかな。

「そう邪見にすんなよ」
「してませんよ」

 僕の冷たい視線に気が付いたのか。そういうとこ、目ざといんだよ。

「まあ、おまえは良かったよな。面倒な奴がいなくなって」
「おかげさまで。あ、もう行かないと。ライブ後、店で会いましょう」

 うまい具合にエンジニアさんが僕を呼んでくれた。一礼をしてステージの方へと走る。実際忙しいんだよ。
 それに今日は三杉さんに構ってる場合じゃない。なんと言っても、佐山のお兄さんが来てくれるんだ。今はライブの成功とその後のお兄さんのことで脳内フルスロットルなんだから。


 僕に震えるようなキスを残して、佐山がステージに向かう。もう何度も見送った後姿に、僕は初めてのように感動し高揚する。心臓がどきどきよりもキュンキュン鳴ってるよ。
 そしてひとたびギタリスト佐山になると、ホールに集まった全ての人を魅了しつくす。舞台袖で、ライトに照らされるあいつの横顔を眺めながら、僕はこの日も至福のため息をついた。



「お疲れ様でした!」

 サポメン一人一人にドリンクとタオルを渡す。ちなみに今日のドリンクはスポンサーさんから差し入れされた例のスポドリだ。

「お疲れー。あ、このCM見た。良かったよー」
「ありがとうございます。塩谷さんのドラムもばっちりでしたよ」

 公演後のいつもの情景だ。佐山もメンバーたちと興奮冷めやらぬ感じで話している。そのうちパープルシャドウや三杉さんたちのバンドメンバーがやってきて、ちょっとしたカオスだ。

「市原さん、お疲れ様です」

 みんなの対応をしながら駆け回ってると聞き覚えのある声が聞こえた。

「あ、青山君、ありがとう!」

 マネージャー仲間の青山君だ。メンバーと一緒に来てくれたんだろう。

「あの、市原さん、お客様みたいで……」

 パーカー姿で小柄な青山君の後ろに、こういう場ではあまり見かけない類の男性が立っていた。
 ハイネックのシャツにジャケットを羽織り、ゆとりのあるパンツをはいている。がっしりした背格好、でも少しお腹が出ている短髪の彼は、僕に遠慮がちな笑顔を向けていた。

「初めまして……」

 その人が誰か。僕はすぐにわかった。

「市原と申します。佐山のお兄さんですね」

 縁なし眼鏡をかけたその人は、小さく頷いた。



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