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第2部

第48話 鮨の味

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 キャビアが盛られてる前菜やら、活きが良すぎて生きてんじゃないかとおもうような刺身の盛り合わせやらが次から次へと僕らの前に出されていく。相当美味しいと思われるが、僕はなんだか味がよく分からなかった。なんと勿体ない……。

「ライブ、素敵でした。洋楽系のは初めてだったんですけど、テンション上がっちゃって。あ、曲は澪から借りて聞いていたので、すんなり入ってきました。いい曲ばかりですね」
「ええっ! ありがとうございます! うわあ、嬉しいなぁ」

 母親のライブ評。下駄履かせてくれたとしても、好評と言っていいだろう。とりあえず僕は安堵した。佐山が猛烈に感動しているのも手に取るようだ。

「特に、あの曲―! お兄ちゃんの名前にかけてるんだよね。もうきゅうんってしちゃった!」
「な、何がきゅうんだよっ。恥ずかしい奴だな!」

 澪がジェスチャーまで付けてはしゃいでる。佐山が今回初披露した『Ring』のことだ。指輪(本当はネックレスなんだけど)と僕の倫をかけたタイトル。僕にだってすぐわかったけど、改めて妹に言われたら恥ずかしくて真っ赤になるよ。

「澪ちゃん、気に入ってくれてありがとう。恥ずかしくなんかないだろ。俺の丸裸な気持ちだ」

 おまえはいつでもすぐ丸裸になるよなっ。僕は隣でうまそうに箸を進ませる佐山を睨む。本当にどうしてこんなに余裕なんだよ。

「そうよね。私も、あの曲が一番好きだな」
「え……母さん」

 僕は心臓が止まるかと思うほどドキリとした。なんというか、手放しで喜べない雰囲気が漂っている。そんな気がした。言葉通りに受け取れば、僕らのことを応援してくれてるってことだけど、そんなにお気楽に受け取っていいんだろうか。
 母さんが、何か言いたげに視線を送っている。僕は今、何を言えばいいんだろう。佐山も何か感じるところがあったのか、黙ってる。というか、黙々と食べてるだけか。

「僕も……あの曲を、今日披露するとは知らなかったんだ。佐山が、ずっと前に僕のためだけに作ってくれた曲だったから。でもいつか、みんなに聞いてもらいたいと思ってた。佐山の代表曲になるくらいの名曲だもの。今夜、母さんたちのいるなかで、披露できて良かったと思ってる」

 何か特別なことを言う必要はない。僕はそう思った。だから、本当に思っていることを言った。今日、ステージの後ろで聞いて、涙しながら思ったこと全部を。

「そう……良かったわね。そのネックレスも趣味がいい」

 母は、今度は納得したような笑顔で頷いてくれた。てか、ちらちら見てたのはネックレスか。気づいていたんだ。さすが母さんだな……。

「倫……ありがと……」
「お、おいっ」

 隣から鼻を啜る男の声が。見ると佐山が目を真っ赤にして、涙をボロボロこぼしてる。

「なんだよ、もう。大げさだなあ」

 僕は呆れてティッシュを渡す。あいつがこんなに感情を露わにするのを初めて見た(欲情した時は別)。『ごめん、ごめん』と謝りながら、照れたような仕草で涙を拭いている。

「お兄ちゃんは幸せだねえ」
「それは否定しないよ」
「あら、親の前でノロケてるわよ」

 佐山の涙がどんな化学反応を起こしたのかはわからないが、それからぐっと距離が近付いた。笑いを交えての会話が進み、僕もようやく、鮨の味がわかるようになった。



「倫の家族はいい人ばかりだな。澪ちゃんもだけど、お母さんも素敵な人だった」

 目が飛び出るくらいの会計を済ませ、僕らは別々の帰路に着いた。レシートを眺めながらため息をつく僕に、佐山がそう口にする。

「そうか? まあ、ちゃっかりしてるけどね。付き合ってくれてありがとうな」
「いや、付き合うだなんて。俺は楽しかったよ。ほんとだ」

 佐山は真面目な顔して続ける。

「俺は、母親いないから。だから、少し羨ましかったよ」

 母親がいない。亡くなられたのは佐山がまだ小さい頃なのかな。お父さんは高校時代だったはずだ。少ししんみりしている佐山の手に、僕は指を絡める。

「僕がいるじゃないか。ずっと、そばにいるから」
「ああ……そうだな。かけがえのない俺の宝物だ、あんたは。出会えたことに感謝してる」

 ぎゅっと力を込めて握り返してくる。大きな手と長い指が僕の心にも絡みつく。今夜、おまえが心を込めて歌ってくれたあの曲。僕は絶対に忘れない。

 ――――誰もが知らん顔しても、一緒にいような。

 何も恐れることはない。





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