上 下
152 / 208
第2部

第46話 RING

しおりを挟む


 目覚めとともに、僕のスマホに着信音が鳴った。澪からのメールだ。

『今夜はよろしくね! ライブ終わったら店で待ってるね!』

 ああ、ついにこの日が……。母親はどんな顔をして佐山を迎えるのだろう。胃がキリキリしてきた。

「おはよー。どうした、一人で悩ましい顔してるな」

 悩ましい顔ってどんなのかわからないが、多分今の、苦悩している僕の表情を指すんだろう。佐山は寝転がったまま、僕の手を取り、自分の方へ引き寄せた。

「心配するな、倫。俺は何を言われても平気だ」
「佐山……」
「大事な一人息子をかっさらうとんでもない野郎なんだよ、俺は。覚悟はできてる」

 いつも楽観的で能天気。僕の苦悶なんか気にも留めないと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。

「ありがとう。うん、そうだな」

 素直に頷く僕に、佐山は満足そうに笑みを浮かべ、キスをした。何かの魔法にかけられたように、僕は重かった心に羽が生えていくのを感じた。



 名古屋のキャパは少し多めだ。それでも満席になったし、盛り上がりもいい。演奏が始まった途端、ホールは大歓声に包まれ、上々のスタートを切った。澪たちも無事来館できたようだ。楽しんでくれるといいな。

「名古屋のみんな。今日は本当にありがとう。俺はソロになって、ここでは初めてライブをするんだけど、こんなに沢山の人が詰めかけてくれて心から嬉しいよ!」

 ライブ本編のラスト、佐山のMCが始まった。あいつはあんまり喋り好きじゃないので、中間と最後に少しだけMCをやる。大抵、お決まりのことしか言わないんだけど、今日は少し違った。

「もしかすると、今夜初めて俺を見に来た人、いるかもしれないな」

 佐山の問いに答えるように、何人かが声と手を挙げた。続けて起こる笑い声。まさか、澪のやつ挙手してないだろうな。
 佐山も笑みを浮かべながら、スタッフからアコギを受け取る。そしてもう一度マイクの前に立った。

「初めて来てくれた人に、ちょっと説明を。これからやる曲は、俺の一番大切な人を思って作った曲だ。あ、全ての曲がそうなんだけどな」

 ここで、再び笑いが起きた。僕のことだ。誇らしいけど少し恥ずかしい。

「でもこの曲は、特別なんだ。その人に捧げて作った。未発表の曲で、ライブでも弾いたことがない。曲がりなりにも俺が作詞した歌詞もある」

 ――――えっ……? どの曲?

 歌詞がある。と言ったところで、ざわめきがひと際大きくなる。そしてさざ波が大きな波へとなるように、拍手が沸き起こった。

「ありがとう。では、聞いてくれ。『RING』」

 しん、と静まり返ったステージに、うっとりするような美しいアルペジオが響いた。佐山の指がギターの竿を上下し、弦をこする音まで演奏の一部になっている。

 ――――これ……まさか……。

 聞き覚えのあるメロディーだった。ゆったりとしたバラード。そこに甘い佐山の声が乗ると、客席からため息が漏れた。あれは、交際一周年記念で温泉旅行に行った時のことだ。あいつが僕にプレゼントしてくれた曲。少しアレンジされているけれど、間違いない。
 
 月夜のバルコニー、おまえは僕だけに聞かせてくれた。あれから色んなことがあったから歌詞は加筆されている。それも僕たちがあの後も愛を育んだ証だ。
 
 いつの間にか涙があふれて頬を伝っている。今夜、母親たちが来ていることも偶然じゃないんだろう。でも、アコギ一本から、リズム隊とサックスが加わり、心に迫るバラードに仕上がってる。多分、もっと以前から準備してたはずだ。

 ――――おまえ、僕のために、これを仕上げてくれてたんだな。いつか、世に送り出したいと思っていたこの曲を。今日のこの日をお披露目に選んでくれたんだ。

  誰もが知らん顔しても一緒にいような。何も恐れることはない。
  二人を繋げるリング。今宵の月と共に捧げるよ。

 あの時と同じように、僕の心に染み渡る。相変わらず、ずるい奴だな。どんなに不安な夜も、おまえがいれば無敵だよ。
 万雷の拍手を背に、佐山がステージから降りてきた。僕は人目も憚らず、あいつに駆け寄りキスをした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スパダリ様は、抱き潰されたい

きど
BL
プライバシーに配慮したサービスが人気のラグジュアリーハウスキーパーの仕事をしている俺、田浦一臣だが、ある日の仕事終わりに忘れ物を取りに依頼主の自宅に戻ったら、依頼主のソロプレイ現場に遭遇してしまった。その仕返をされ、クビを覚悟していたが何故か、依頼主、川奈さんから専属指名を受けてしまう。あれ?この依頼主どこかで見たことあるなぁと思っていたら、巷で話題のスパダリ市長様だった。 スパダリ市長様に振り回されてばかりだけと、これも悪くないかなと思い始めたとき、ある人物が現れてしまい…。 ノンケのはずなのに、スパダリ市長様が可愛く見えて仕方ないなんて、俺、これからどうしたらいいの??

時をかける恋~抱かれたい僕と気付いて欲しい先輩の話~

紫紺(紗子)
BL
大学生になったばかりの花宮佳衣(はなみやけい)は、最近おかしな夢をみるようになった。自分が戦国時代の小姓になった夢だ。 一方、アパートの隣に住むイケメンの先輩が、妙に距離を詰めてきてこちらもなんだか調子が狂う。 煩わしいことから全て逃げて学生生活を謳歌しようとしていた佳衣だが、彼の前途はいかに? ※本作品はフィクションです。本文中の人名、地名、事象などは全て著者の創作であり、実在するものではございません。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

LAST TORTURE 〜魔界の拷問吏と捕虜勇者〜

焼きたてメロンパン
BL
魔界の片隅で拷問吏として働く主人公は、ある日魔王から依頼を渡される。 それは城の地下牢に捕らえた伝説の勇者の息子を拷問し、彼ら一族の居場所を吐かせろというものだった。 成功すれば望むものをなんでもひとつ与えられるが、失敗すれば死。 そんな依頼を拒否権なく引き受けることになった主人公は、捕虜である伝説の勇者の息子に様々な拷問を行う。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

シャワールームは甘い罠(R18)

紫紺(紗子)
BL
鮎川真砂は、ちょっとタレ目が可愛いラノベ作家。 惚れっぽくて尻軽なところが災いし、毎回恋愛で痛い目に合っている。 そんな真砂がセレブ御用達のジムに通うことに。 そこで出会ったのは、彼が自らのラノベで描いていたキャラ達にそっくりな 筋肉イケメンたち! 何事もなく終わるわけがない。 ※本作はエブリスタ様でも公開中です。そちらでは、スター特典として番外編も公開しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...