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第2部
第46話 RING
しおりを挟む目覚めとともに、僕のスマホに着信音が鳴った。澪からのメールだ。
『今夜はよろしくね! ライブ終わったら店で待ってるね!』
ああ、ついにこの日が……。母親はどんな顔をして佐山を迎えるのだろう。胃がキリキリしてきた。
「おはよー。どうした、一人で悩ましい顔してるな」
悩ましい顔ってどんなのかわからないが、多分今の、苦悩している僕の表情を指すんだろう。佐山は寝転がったまま、僕の手を取り、自分の方へ引き寄せた。
「心配するな、倫。俺は何を言われても平気だ」
「佐山……」
「大事な一人息子をかっさらうとんでもない野郎なんだよ、俺は。覚悟はできてる」
いつも楽観的で能天気。僕の苦悶なんか気にも留めないと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。
「ありがとう。うん、そうだな」
素直に頷く僕に、佐山は満足そうに笑みを浮かべ、キスをした。何かの魔法にかけられたように、僕は重かった心に羽が生えていくのを感じた。
名古屋のキャパは少し多めだ。それでも満席になったし、盛り上がりもいい。演奏が始まった途端、ホールは大歓声に包まれ、上々のスタートを切った。澪たちも無事来館できたようだ。楽しんでくれるといいな。
「名古屋のみんな。今日は本当にありがとう。俺はソロになって、ここでは初めてライブをするんだけど、こんなに沢山の人が詰めかけてくれて心から嬉しいよ!」
ライブ本編のラスト、佐山のMCが始まった。あいつはあんまり喋り好きじゃないので、中間と最後に少しだけMCをやる。大抵、お決まりのことしか言わないんだけど、今日は少し違った。
「もしかすると、今夜初めて俺を見に来た人、いるかもしれないな」
佐山の問いに答えるように、何人かが声と手を挙げた。続けて起こる笑い声。まさか、澪のやつ挙手してないだろうな。
佐山も笑みを浮かべながら、スタッフからアコギを受け取る。そしてもう一度マイクの前に立った。
「初めて来てくれた人に、ちょっと説明を。これからやる曲は、俺の一番大切な人を思って作った曲だ。あ、全ての曲がそうなんだけどな」
ここで、再び笑いが起きた。僕のことだ。誇らしいけど少し恥ずかしい。
「でもこの曲は、特別なんだ。その人に捧げて作った。未発表の曲で、ライブでも弾いたことがない。曲がりなりにも俺が作詞した歌詞もある」
――――えっ……? どの曲?
歌詞がある。と言ったところで、ざわめきがひと際大きくなる。そしてさざ波が大きな波へとなるように、拍手が沸き起こった。
「ありがとう。では、聞いてくれ。『RING』」
しん、と静まり返ったステージに、うっとりするような美しいアルペジオが響いた。佐山の指がギターの竿を上下し、弦をこする音まで演奏の一部になっている。
――――これ……まさか……。
聞き覚えのあるメロディーだった。ゆったりとしたバラード。そこに甘い佐山の声が乗ると、客席からため息が漏れた。あれは、交際一周年記念で温泉旅行に行った時のことだ。あいつが僕にプレゼントしてくれた曲。少しアレンジされているけれど、間違いない。
月夜のバルコニー、おまえは僕だけに聞かせてくれた。あれから色んなことがあったから歌詞は加筆されている。それも僕たちがあの後も愛を育んだ証だ。
いつの間にか涙があふれて頬を伝っている。今夜、母親たちが来ていることも偶然じゃないんだろう。でも、アコギ一本から、リズム隊とサックスが加わり、心に迫るバラードに仕上がってる。多分、もっと以前から準備してたはずだ。
――――おまえ、僕のために、これを仕上げてくれてたんだな。いつか、世に送り出したいと思っていたこの曲を。今日のこの日をお披露目に選んでくれたんだ。
誰もが知らん顔しても一緒にいような。何も恐れることはない。
二人を繋げるリング。今宵の月と共に捧げるよ。
あの時と同じように、僕の心に染み渡る。相変わらず、ずるい奴だな。どんなに不安な夜も、おまえがいれば無敵だよ。
万雷の拍手を背に、佐山がステージから降りてきた。僕は人目も憚らず、あいつに駆け寄りキスをした。
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