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第2部
第30話 花火大会
しおりを挟むツアーのチケット予約も始まった。全てのホールが二千から三千人規模だけど、滑り出しは快調のよう。
これからアルバムも解禁になるし、緊張の毎日が続く。ツアーが始まっちゃえば、そういうのも気にならなくなるんだけど、ここまでが僕的にはつらい。
佐山はあんまり気にしないから羨ましい。でも、逆に助かるよ。二人でイライラしてたらもたない。
順調にリハやプロモをこなし、港の花火大会の日が来た。つまり、明日がアルバムの発売日になる。ま、ここまで来たら、もうやることないけどね。明日、CDショップにお客さんがたくさん来てくれることを祈るまで。
「おおっ! この柄、なかなか渋くていいな」
水口さんが用意してくれた浴衣に、佐山はご満悦だ。確かに趣味がいい。あの人もなんでも出来る人だなあ。
リハに参加してくれたメンバーやスタッフも何人かは祭りに行ったようだ。僕と佐山はスタジオで着替えさせてもらった。
「倫の浴衣姿。やっぱり可愛いな。トンボ柄がいいよ」
可愛いって言われて喜んでいいのかわからないけど、気に入ってもらえたようだ。僕の浴衣も、水口さんはきちんと選んでくれてる。でも……。
「おまえ、カッコよすぎるよ。目立っちゃうな」
濃紺の地に藍色や白の縦じまが入る柄で、帯は薄いグレー。肩幅ががっしりしていて胸板が厚い佐山は、時代劇俳優みたいだ。
「惚れ直した?」
「直した」
僕は正直に言う。うっとりとした目で見てると、あいつは満足げな表情で僕の髪にキスをする。
「じゃ、行くか」
スタジオで何枚か写真を撮って、街に繰り出す。日が落ちた港町には、すでに轟音とどろき、夜空に幾重もの花が咲いている。
「わあ、すげえな。綺麗だぁ」
遊園地でいつか見た花火より量はもちろん、色鮮やかで大きい。人が流れる方向に僕らも歩みを進める。行くほどに人が増え、混雑していった。
「焼きそばでも食うか? 腹減ったろ」
立ち並ぶ屋台から漂ういい匂いが食欲を誘う。僕らはそのいくつかを買い、食べながら歩いた。
若い女の子はもちろん、男性も浴衣を着ている人が結構いる。だけど、思った通り、佐山はめちゃくちゃ目立っていて、通りすがる人たちの視線を浴びた。
僕は誇らしいのと心配なので、あいつの手を触る。佐山はすぐにその手を握り返してくれた。
「どうした? 迷子になるなよ」
「なるかも。だから手を放さないでくれ」
「仰せの通りに」
鼓膜を揺るがす轟音、続いて歓声が沸き上がる。夜空には色とりどりの花火がこれでもかと上がっていく。乱れうちのスターマインは圧巻だ。
みんなが指をさしながら花火を見上げている。見上げた頬や瞳に花火の光が反射するなか、佐山は僕を抱きしめた。
「花火の下で抱くって約束だからな」
僕は目を閉じる。あいつの少し厚めの唇が触れる。愛おしそうに食むそれに、僕も同じように応じた。
次々と轟音と歓声が上がる。花火がまた夜空に大輪の花を咲かせた。
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