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第2部

第17話 青春の思い出

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 技術的なレコーディングとなると、人数も少なくなるし、事務所の人間がほとんどになるから、どうも緊張感に欠けてくる。エンジニアさんも気心の知れた人ばかりだしね。

「へえ、ぐっさん、水泳の選手だったんだ」
「国体まで行ったんですよ」
「オリンピックも夢じゃなかったんだ!」

 休憩時間にはそんなどうでもいい話に花が咲く。今回は、学生時代の部活動の話らしい。

「佐山は何やってたんだ? そんだけガタイがいいから、運動やってたんだろ? レスリングとか」
「レスリング? そんな高校生、滅多にいないだろうが」

 僕は部屋の隅にいたけど、耳はダンボになっていた。実は、佐山の学生時代の話なんて、聞いたことがない。僕も進んではしなかったからかもだけど、あいつは昔の話をしたがらない。ギターを高校時代から触ってたってことぐらいしか知らないんだ。

「俺? 俺、部活入ってなかったな。帰宅部」
「マジ?! 意外」

 そうなんだ。僕も意外だ。あいつ、泳ぎも得意そうだし、勝手に運動神経いいと思ってた。

「そっか。バンドやってたんだろ? 高校生の時から」
「いんや」

 佐山が首を振る。

「えーっ! 嘘!」

 一斉にみんなが驚きの声を上げる。僕も一緒につい声を出してしまった。

「ギターはやってた。でも、バンドは高校卒業して初めて組んだんだよ。東京に出てきてからな」

 佐山は東京に出てくるまでは、群馬の田舎にいたという。それだけはちらっと聞いたことがあった。それでも、そのころの話、つまり家族の話をあいつはしない。だから、僕は何も知らないんだ。

「東京出てきてすぐのバンドって、あれだろ、『ジギーズ』。伝説のバンドだよな。あれが最初って、やっぱ佐山はすげえな」

 それはさすがに僕も知っている。『ジギーズ』っていうのは、インディーズで人気を博したバンドなんだ。だけど、メジャーデビューすることなく解散してしまった。だから伝説のバンドだ。
 その時のメンバーは、それなりに有名なバンドを率いて現在も活動している。

「伝説ねえ。俺にしてみれば、その時の経験をもとに、バンド組むのをやめたんだけどな」

 佐山はその後、バンドメンバーとなることを避け、サポートに徹する。僕と出会ったのは、ようやくサポートだけでメシが食えるようになった頃だ。それから二年半。佐山はソロアーティストとして飛躍をし始めている。



 その日のレコーディングが終わって、僕らはアパートに帰り着く。
 今日、スタジオでした会話なんて、佐山はすっかり忘れているだろう。でも、僕はもう少し聞きたくなっていた。ソファーでくつろぐあいつの横に座り、話の続きをする。

「佐山の高校時代ってどんなだったんだ? 部活もしないでまっすぐ家に帰ってた? バイトしてたのか?」
「あ、なんだ。気になる?」
「気になるさ。おまえのことなら、なんでも気になる」
「へへ。俺も。あんたは高校生の時どうしてたんだ?」

 え……。これってわざとなのか。やっぱりおまえは自分の話をしたくないのか?

「僕は……バレー部だったけど。普通に部活して、遊んで、勉強して……」
「彼女は? いたのか? いたんだろ。モテただろうなあ」

 そんな。僕の話なんてどうでもいいんだ。佐山の話が聞きたいのに。

「僕はおまえの話が聞きたいんだ……」

 僕はマジな表情でそう訴える。すると、あいつは少しだけ悲しそうな顔をした。僕の胸のなかで、今まで思ったこともない不穏な気持ちが沸き起こる。

「俺の話なんて、つまらんよ。俺はあんたの初めての彼女とか、めちゃくちゃ気になる!」

 直前の悲しげな面持ちは冗談だとでも言うように、口角を上げながら僕を自分のほうに引き寄せた。そして顎をつかむと、微妙な空気ごと飲み込むように僕の唇を襲う。

「さや……」

 佐山は僕に何も言わせない。そのまま僕を怒涛の快楽に連れて行こうとする。僕はそれを拒否することもできた。今日に限っては……それができたと思う。
 だけど、あいつがそれを望んでいない。僕はそのまま身を任せることにした。

――――一体、何があったのだろう。あいつの青春の思い出は、僕に話すことも躊躇うようなことなのか。

 それでも、きっといつかは話してくれるよな。僕はそう信じているからな。 
 佐山のくせっ毛に指を絡ませながら、僕は心の中で呟いた。 




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