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第2部

第14話 アバンチュール

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 2泊3日の合宿を以てレコーディング前半は終了した。後半はエンジニアと佐山が調整しながら楽曲を完璧に作り上げるという地道な作業。サポートメンバーとは一旦お別れだ。僕は正直ホッとした。

 激忙なのがかなり落ち着くのもあるけど、本音は八神さんに会わなくても済むからだ。僕の精神衛生上、彼の存在は良くないみたい。でも、またツアーで会うんだよな。今から憂鬱だよ。

「やっぱりここのカレーは旨いな」

 調整は最初のスタジオでやってる。家から近いし何よりだ。近くに美味しいカレー店があるので、昼は隔日でここで食べることになる。佐山はカレーが好きなんだよな。僕はほどほど。

「家でもこういうスパイスカレー作ってみるかな」
「いいねえ。城山先生のレシピにあるんじゃないか。倫の手作りカレー食いたい」

 僕は早速スマホで調べてみる。うん、普通にある。しかもそれほど面倒じやなさそうだ。しかし、佐山って先生の名前覚えてたんだ。

「出来そうだな……」
「ほんとかっ。あ、でも仕事、楽になってからでいいぞ。無理は断じてならん」

 佐山は僕が倒れたことがよほど堪えたらしくて、事あるごとにこう言うんだ。

「わかってるよ。落ち着いたらな」

 店はカウンター席だけで、僕らは隣合わせて座ってる。スプーンを口に運ぶ僕の耳元に、佐山が顔を寄せてくる。

「それよりも……。俺、あんたを食いたいんだけど」

 馬鹿やろ。また何の脈略もなくそんなことを。顔が熱くなるじゃないか。

「家に帰ってからな。仕事まだ終わってないだろ」
「んー……ダメ。あんたがスプーン咥えてるとこ見たら、我慢できなくなった」
「何言ってんだよ。スプーンでカレー食べてなにが悪いんだよっ」

 これに限らず、佐山は僕が何したって欲情するんだよ。それはまあ、嬉しいんだけど。えへへ。
 あ、にやけてる場合じゃない。あいつの左手が僕の股間に迫ってきた。

「や、やめろっ」

 昼時の人気カレー店。普通に満席だ。外には行列も出来てる。僕は一番端の席に座ってるけど、人目はあるし、あまり長居はしたくない。

「わかったから。とにかくここを出よう。おまえ、もう食べたろ?」

 残りのカレーを口に放り込み、僕は慌てて席をたつ。ちょっと不服そうな顔を見せたけど、佐山もあとについてきた。

「収まった?」

 店を出ると、どこからか桜の花びらが舞ってくる。もう見頃が終わってしまった名所から、風に乗ってきたんだろう。

「え。まさか。やる気満々」

 だよな。こうなったおまえが絶対引かないのは、僕も知ってる。

「休憩時間、まだあるぞ。おあつらえ向きにホテルもある」

 なるほどね。おまえが僕を食いたくなった訳がわかったよ。スタジオの裏通り(カレー店の裏通りでもある)に、それようのホテルが何軒かある。最初にデートで入ったような所謂ラブホだ。
 ラブホはご無沙汰だったから、入りたかったんだろうな。

「俺、新技考えたからさ。披露させてくれよ」
「新技って……」

 なんだよ、もう、そのパワーワード。気になるじゃないか。

「そのあと、仕事大丈夫なのか?」
「もちろん。かえってリフレッシュするから逆にはかどる。このまま仕事させたらグダグダになるぞ」

 脅しか。きっぱり言い切るんだから。僕は小さなため息をつきながらエンジニアさんに少し遅れる旨を伝えた。でも、本音は胸がどきどきしてる。僕も久しぶりのラブホに行きたくなったんだよ。

「手早く済ませるのは許さない」

 でも、昼休憩のおざなりセックスはごめんだ。僕は佐山の手をさりげなく取る。

「そんなこと、俺がするわけないだろ。たっぷり喜ばしてやる。約束する」

 佐山がその手を握り返す。口角は上がり、目じりが下がる。滅茶苦茶嬉しそうだ。あいつのわかりやすい感情に触れるのが、僕は好きだ。愛されてることを感じられるから。
 裏通りに出て、あいつは僕の肩を抱く。仕事中のアバンチュール。どこか悪いことをしてるようで、それも僕らの行為を魅力的にさせる。あいつに連れ込まれたラブホで、僕はその甘美な時間を文字通り堪能した。





 
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