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第2部

第11話 髭

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 レコーディングの間、何故か佐山は髭を伸ばし始めた。正確に言うと、剃るのを面倒がりだした。結果、伸びた。
 佐山の髭面は悪くない。てか、これもアリ。

「髭、いいですね。似合います」

 なんて、サポートメンバーやスタッフにも言われていい気になってる。

「佐山さぁ、髭あると、あの俳優にますます似てくるよな」
「そうか? それは言い過ぎだよ」

 まんざらでもないくせに、んなことを返してる。

 そうなんだ。佐山って背格好も濃いめの顔も、ある俳優さんに似てるんだよな。その人も少し厚めの唇がセクシーで。で、口回りや顎にイケてる髭を生やしてる。
 単純なやつだから、言われると嬉しいのはめちゃくちゃ分かる。僕だってカッコいいって思うもの。だけど……。

「ん、んんー」
「りん……」
「くしゅっ! ちょっと待て」
「ど、どうした?」

 朝の目覚め、佐山がいつも通り僕にキスをする。甘い甘いアイツのキスに僕は湯煎されたチョコみたいに蕩けていくんだけど。

「鼻が痒い。ディープキスはお断りだ」
「え! ええっ!」

 ベッドの上に起き上がり、大げさなリアクションを取るあいつ。髭が似合うのは事実だし、僕だって嫌いじゃない。
 でも、ディープなキスをしようとすると、髭が鼻に入って痒いんだよ。チクチクするし。

「ディープキス出来ないなら剃る」
「あっさり言うな。いいのか?」

 少し残念そうな表情を見せたけど束の間だった。

「倫とキスできるなら、俺は坊主になってもいい」
「坊主はやめてくれ。でも、みんな似合うって言ってたし……」
「なんだそれ。俺がキスするのはあんただけだ」

 またよくわからないことを言う。まあいいか。髭なんかすぐ伸びるし。あんまり拘りなさそうだ。


 佐山はそう言ってさっさと髭を剃り、僕のところへ戻ってきた。

「よし、準備万端」

 両手で僕の顎を包み込むと、貪るようなディープキスを演じる。そのままベッドに押し倒された。やっぱり髭がないほうがいい。おまえのいやらしい唇を堪能できるよ。

「あ……うふっ」

 キスだけでは足りなかったらしく、あいつは僕の体に指を這わせていく。ギタリストの指はしたたかな魔法のようだ。あいつの指先は僕をいつも天国へと導いていく。僕はいつものように、とろとろに蕩けてしまったよ。



「あれ、佐山さん、髭剃っちゃったんですね。似合ってたのに」

 レコーディングのスタジオに入ると、八神さんが残念そうな口調で僕に言ってきた。

「ああ、いや。元々剃るのが面倒だっただけだから。あんまり拘ってなかったみたいで」
「へえ。まあ、キスするのには向いてないって言いますもんね」
「え……」

 僕が改めて彼の表情を見ようとすると、風のように消えてしまってる。ベースを抱えて佐山の横でなにやら話していた。
 なんだろう。彼はいったい何が言いたいのか。

 目鼻立ちがはっきりしたイケメンのベーシスト。気も利くし快活で明るい人だ。何よりもベースの腕は、若いのにミュージシャンから一目置かれるほど。 
 でも……もしかして……僕は少し不安な気持ちになった。


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