109 / 208
第2部
第3話 料理研究家
しおりを挟む『次は玉ねぎを炒めますよ。しんなりきつね色。狐ってどんな色してるんだろ。あ、こんな色になったら火を止めて下さいね』
スタンドに立てたモバイルから、男性にしては少し高めの声が聞こえてくる。僕はそれに従いフライパンを揺すった。
――――うん、こんな感じかな。
ネットには数多のレシピがあるけれど、僕は最近、彼のレシピを愛用している。男性料理研究家の城山先生。
若くてイケメンだから人気がある。でもそれだけじゃなくて、『簡単美味しい』レシピを紹介してくれてる。初心者にはありがたいよ。
「誰の声かと思ったらネットか」
佐山が作業部屋から出てきた。レコーディングに向け、自作の曲をチェックしてるんだ。
「うん。僕の料理の腕が上がったのは彼のお陰だよ」
「確かにレパートリー激増したよな。全部美味しいし」
おまえは僕の料理の採点甘すぎるから参考にならないけど、いつもうまそうに完食してくれるから嬉しいよ。
「料理もいいけど、こっちのが美味そうだ。裸にエプロン見たいなぁ」
僕の後ろにやって来て、例のごとくバックハグする佐山。これもデフォルトだ。
「レコ大獲ったらって言っただろう。もう、また邪魔する」
以前佐山から『裸にエプロンで料理して』という、あまりにもベタなリクエストがあった。僕は呆れたけど、交換条件を出したんだ。
「今度のアルバムで賞を獲ればやるよ」
「うむー。まあ、頑張ってみるよ」
そう言いながらも、佐山は僕の後ろで耳たぶにキスしたり、股間に手を持ってきたりと忙しい。
実は昨年、提供した曲がレコ大の作曲賞にノミネートされて、危うく裸にエプロン姿、なりかけたんだ。その人はメジャーなシンガーだからこそだけど、佐山自身、手応え感じたんじゃないかな。
今年もいくつか提供した曲が話題になってる。意外に年末、コスプレしてるかも。汗
「えっ? この人が料理の先生?」
僕の体をまさぐる手が止まったと思ったら、あいつはモバイルの画面を凝視している。
「あ、ああ。料理研究家の城山先生だよ」
「ふうん……。イケメンだな」
言いながら、僕の体から離れて画面を食い入るように見ている。
「お、おまえ、なんだよ! その先生に興味あるのかよっ。タイプってわけか?」
僕はなんだか腹が立ってきた。いつもは邪魔ばかりするくせに、自分のタイプが出てきたら放置かよ!
佐山の思わぬ振舞いに、僕は思いっきり難癖を付けた。
「えっ!? ご、誤解だっ。タイプかもしんないけど、俺にはあんただけだ」
……タイプなんじゃないか。
佐山は慌てて僕を正面向かせて抱きしめる。キスをしようとしたから手で口を塞いでやった。
「やだ」
「もごっ。倫~、あんまりだ」
その手を掴んで佐山が抗議する。でも、あいつにキスされると、僕は何もかも許してしまうから防がないと。僕だってたまには怒る時もある。
「あのな。あの先生、ゲイだなーって思っただけだよ。ホントに」
え? なんか思ったのと違う応えが。そうなのかな。
「なんでわかるんだよ」
「わかるさ。多分、彼氏もいるよ。幸せオーラ出てるし」
それは営業スマイルだろうけど。でも、なんだか興味が別のところへいってしまった。
「あっ、んんっ!」
油断してたら、あいつのキスが襲ってきた。壁に押しやり動けなくすると、右手で顎を掴み僕の唇を貪る。
「ん……あっ」
息もつかせてくれない。動画はいつの間にか終わって無音になる。僕らの息遣いだけが耳の中で反響した。
「俺はあんただけだ。わかってるくせに」
わかってるけど。あ、こら。あいつの手が器用に僕の服を脱がす。同時に僕の下腹部にあいつの硬直したものを押し付けてくる。正直な体はどうしようもなくそれを欲しがって……。
「でも、ヤキモチ妬くあんたも、そそられてたまんねえ」
デコルテに唇を這わしながら、佐山は吐露する。その愛撫に僕は結局降参してしまうんだ。
相変わらず、僕はあいつの手のひらで踊ってるみたいだ。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる