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第1部
第65話 裸にエプロン
しおりを挟むここに来てから、僕はキッチンに立つことが多くなった。家にいる日はできるだけ自炊しようと思って、それを実践してるんだ。ネットのお陰で随分レパートリーも増えたし、腕も上がったよ。
今日は、肉じゃがを作ってる。佐山はこれが好きなんだよ。居酒屋でも大抵頼んでる。
「美味そうな匂いだー」
でも、必ずこいつが邪魔しにくる。今もまた、おんぶお化けみたいに背後にくっついてきた。しかもバックハグしながら耳を噛んだりして悪戯してくる。
「もう、よせよ」
「いいじゃんか。そそるんだよ、キッチンに向かってる真剣な後姿が。ほら、俺のわかるだろ?」
と言って下半身を当ててくる。しょうもない変態だ。だいたい、おまえは僕が何してたってそそられてるじゃないか。いや、別にのろけてるわけじゃ。えへへ。
「な、倫、あのさ」
佐山が僕の耳元で囁くように話す。甘い声だして、何かまた良からぬことを考えていそうだ。
「なんだよ」
僕はわざとつっけんどんに返す。
「裸にエプロンやってくれないか? いてっ!」
馬鹿野郎。僕は持っていたお玉で佐山の頭をはたいた。
「何が悲しくて裸にエプロンせにゃならん」
「えー、だってそれは男のロマン……」
「そういうのは、胸が大きくて、腰がキュッとしたロン毛のお姉さんがやるんだよ。僕がやっても誰も喜ばない」
「俺が喜ぶじゃないか」
マジでどうにかしてくれ。料理を始めてエプロンすると、どうしてこの発想しか思い浮かばないんだろうか。男のロマンって言うけど、じゃあ僕のロマンはどうしてくれる。
「しょうがないな。そうだ、佐山がレコ大取ったらやってもいいよ」
僕はかなりハードルの高い交換条件を出してやった。佐山がその気になったら、出来ないこともないと僕は本気で思ってるけど、日本音楽レコード大賞なんて全然目指してないし、あそこの評価基準は正直全くわかんない。そういう意味でハードルが高いってことだ。
「ええっ。また惨い交換条件を……」
「だっておまえ、目指せるものなら取ってしまいそうだからさ。例えばグラミーなんかだといけちゃいそうじゃん。そこいくとレコ大は、謎だから」
「グラミー行けるとか思ってんのは、世界中であんただけだろうな。ふうううん。あ、でも、作曲賞や特別賞、アルバム賞とかでもいいんだよな」
「え……」
そう言えば、そういう賞もあったような……。まあ、いいか。獲ってくれたらそれはそれで嬉しいし。裸にエプロンくらいやってやるよ。
「そうだな。それもアリにしよう」
「ようし! 約束だぞ」
嬉しそうにそう言うと、僕を抱く腕に力を込める。苦しいよ、もう。
「それはそれとして……」
佐山は僕の顎を無理やり後ろを向かせると唇を押し付けてきた。首がぐグキっていったよ。でも、あいつのキスは……僕の思考能力をストップさせてしまう。僕は菜箸を持ったまま振り向いて、唇と舌を絡ませる。
「あっ……んんっ」
炊飯器がメロディーを奏で始めた。ご飯が炊けた。いつもながら、炊き立てのご飯が食べられない。絶対あいつはこのタイミングで僕を抱くんだよね。炊きあがりの時間、もう少しずらそうかなあ。
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