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第1部
第59話 バスタブの罠
しおりを挟む翌日、リハ終わりの昼下がり。僕らは電車を乗り継いで、くだんのマンションへと足を運んだ。購入もできるが、僕たちはまだ一つところに落ち着く予定はないので、賃貸を希望している。
見晴らしのいい丘の上。市街地とその向こうに波間きらめく青い海が見えた。
「こちらは最上階になりますので、自由度が高いと思います」
不動産会社の担当さんは三十代の女性だった。物腰柔らかなロングヘアの綺麗な人で、説明が上手だ。
「この納戸を防音室にしたいんだけど」
「はい。伺っています。こちらにも業者をご用意しておりますので、可能でございます」
と言って、資料を見せてくれた。心配するほど高額でないのに僕はほっと胸を撫でおろす。
「こちらが主寝室です。一部屋ですが、ゆとりありますし、パーテンションなどで二部屋にすることができますよ」
多分、二人で住む僕らに気を使ってそう言ったのだろう。確かに、男同士二人住むには広さは十分でも部屋数が少ない。
「本当ですね。広いや」
寝室は十畳ほどあって、縦に長い。担当さんの言う通り、二つに割ってもベッドが二つ置けるだろう。僕らには必要ない機能だけど。
でも、この部屋のとてもいいところは、長い方の壁一面がクローゼットになっていることだ。これは相当美味しい。アパートの場合、やはり収納スペースが不可欠だ。
「倫! バスルーム、バスタブが今よりずっと広くていいぞ」
僕が担当さんと寝室を見ているところで、佐山がそう言って入って来た。全く相変わらず自由な奴だ。
「二人でも余裕で入れる」
「ばかっ!」
んなことを臆面もなく言うもんだから、僕は思わずあいつの胸にツッコミを入れた。担当さんは曖昧な笑顔を浮かべているのでわかっちゃったかな。まあ、構わないけど、まさか同棲禁止な物件じゃないよな。
「ここはペットはどうですか?」
僕は話題を変えようと、飼う気もないけど聞いてみた。
「申し訳ございません。こちらはお断りしているんです。金魚なんかは大丈夫ですよ」
「ああ、そうなんですね。いえ、大丈夫です。聞いてみただけです。同居人がペットみたいな生体なもので」
「えっ。なんだよ、それ」
憮然とする佐山。担当さんがコロコロと笑ってくれたので、まあ良しとしよう。
今までなかったオートロックもエレベーターもついている。僕らは契約することにした。ライブが終わったら引っ越しすると決め、帰路につく。
「いいなあ。バスタブが広かった」
「なんだよ。佐山、そんなに風呂に浸かりたかったのか? 今でも浸かることぐらいはできるじゃないか」
電車の中、出口付近で僕らは立っていた。通勤ラッシュとは逆方向になるので、車内は立っている人もまばらだ。
「え? 何言ってるんだよ。今のところは一人が入るのやっとだろ?」
「それでいいじゃないか」
僕がそう応じると、奴はちょっと憮然とした。そして耳元に顔を寄せ、こう囁く。
「あそこであんたを抱くんだよ。楽しみ過ぎる」
佐山は今にも涎を垂らさんばかりの締まりのない顔を僕に向けてきた。ほんっとにおまえの考えてることってそれしかないのな。
「倫を膝に乗せて、前からでも後ろからでも出来る。浮力あるからさ、こうやって……」
なおもそう続ける。やたら具体的に言うもんだから、ついつい想像しちゃって……。
「やりたくないか?」
畳みかけるようにそう囁いてくる。既に僕の下半身がむくりと頭をもたげてる。たまんないよ、もう。
「やりたいです……」
僕は正直にそう吐露する。一日も早く、あそこに越したくなったよ。
その夜、新生活を妄想したせいか、いつも以上に激しいバトルがベッドの上で繰り広げられたのは言うまでもない。
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