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第1部
第54話 ライブスタート!
しおりを挟むホールに印象的なギターリフが響く。と同時にステージ上にスポットが当たり、一斉に立ち上がった観客から歓声と拍手が沸き起こった。
――――始まった……!
僕は観客席の一番後ろからその様子を固唾を飲んで見守っている。デビューミニアルバムを引っ提げ開始された、佐山のライブ一発めだ。
東京の有名ライブハウスで収容人数は千人近い。チケットはタイアップのおかげか、既にソールドアウト、追加公演も考えてるくらいだ。それにはここでの成功が不可欠だけれど。
ホールの入り口には、シュウさんを始めこの界隈では有名な方々の花が飾られ、この日の気分を盛り上げてくれている。ここまで来るのに、二人で本当によく働いた。佐山はリハはもちろん、プロモーションのためにラジオや雑誌の取材を受けた。
今までこんなことは一度もなかったんだ。これがソロデビューってことなんだろう。僕は出来るだけ来た仕事は受けるようにしたけれど、あいつが雑に扱われないよう気を配ったつもりだ。お陰様で配信、セールスとも予想より良くて、ホッとしている。
「佐山、やっぱりカッコいいな」「ギターテク半端ないよ」「あの曲いいよな」
開始前のお客さんたちの声だ。僕は関係者の腕章を嵌めながら、そんな会話を盗み聞いていた。心臓がバクバクしてヤバいけど、この言葉をすぐにもあいつに聞かせたい。
佐山のギターソロが始まると、ホールはしんと静まり返り、前のめりになるのがわかる。僕も思わず聞きほれる。ギターの竿を指が魔法のように動き回り、音の粒が洪水になって耳に体に心に流れ込んでくる。やがてそれは興奮と歓声に化し、ホールを埋め尽くした。
アンコールの拍手が鳴りやまない。慌てて楽屋に戻る僕の耳にも拍手の音がガンガンと響いてきている。
「佐山、凄いよ! 本当におまえ凄いよ」
語彙力がないのが歯がゆい。僕はあいつにタオルとドリンクを渡しながらそう叫んだ。興奮が抑えきれない。
「気持ちいい。こんな快感をステージで味わうのは久しぶりだ」
満面な笑みが眩しい。僕の頭を大げさに撫ぜて、ステージに戻っていった。
最後の曲は、ミニアルバムにも収録している曲、「黄昏」だ。僕と二人で旅行した伊豆の海を表現したって言ってた。
あの時、二人で歩いた夕暮れの浜辺。二人して、陽が沈むまで佇んでいた。沈みゆく太陽は海も僕たちも赤く染め上げた。あの情景を思い起こさせる美しい曲。それを奏でる佐山も息を呑むほど美しく神々しい。伏し目がちにギターに向かうその表情。僕は魅せられてしまうよ。
ファンがうっとりして聞いているのがわかる。僕はまた、思ってしまった。こんなに素敵な人の恋人でいいんだろうかって。
「いやあ、やっぱり佐山はスゲエよ! 一緒にやれてこっちの方こそ有難かった!」
僕はサポートメンバーの一人一人にドリンクやタオルを渡しお礼を言うと、みんな口を揃えて言ってくれた。なんていい人達なんだろう。テクニックだけじゃないよ。
「佐山、お疲れ様」
最後に僕は佐山のところに行く。あいつはスタッフに囲まれて幸せそうだ。
「ああ、あんたもお疲れ様。やっぱり初日は緊張するな。無事終わって良かっ……倫、どうした?」
僕も自分で驚いた。僕の頬に涙が伝わると、もう止められなくて、後から後から涙が溢れて来たんだ。
いつもならステージ上の佐山を見て泣いちゃうのを、きっと僕も我慢してたんだろうな。それがここで一気に決壊してしまった。スタッフにもお礼言わないといけないのに。
「佐山……おめでとう……」
涙でぐちゃぐちゃになりながら、僕はそう言った。佐山は僕を抱きしめる。あいつの汗の匂いが僕を包む。
「あんたのお陰だよ。倫、ありがとう」
スタッフジャンパーが皺になるくらい、強く僕を抱き締め、耳元でこうささやいた。
「今夜は寝かせないから」
僕は奴の胸に顔を埋めて頷いた。
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