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第1部
第38話 二流映画
しおりを挟む今日、僕は一人でレイトショーを見に来た。僕の好きな洋画だ。佐山を誘おうか迷ったけど、前回を(第28話参照)思い出してやめた。あいつも行きたがらなかったので助かったよ。
――――これは面白かったな。これなら佐山も最後まで観れたかも。
サスペンス仕立てのアクション映画。悪くなかった。
でも、始まってすぐ寝てた人もいたから、結局好みの問題だろう。僕はそう思って席を立つ。すると、僕と同じ列にいた男性が背後に迫ってきた。映画が始まった時にちらりと見たけど、確かガタイのいい男だった。髪は長くて縛っていたかな。なんだろう、少し近い気がする。
「お兄さん……俺と遊ばないか?」
耳元で突然囁かれた。
「何?!」
後ろを振り向くと同時に手首を掴まれた。薄暗い映画館の中。観客たちは既に出払っている。太くて大きな手に掴まれ、僕は驚いて振りほどいた。
「遊びません!」
なんだか妙に威圧感がある。僕は逃げるようにその場から離れた。
映画館から地下鉄で三駅。そこが僕らのアパートの最寄り駅だ。なんとなく付けられているような気がして、僕は改札口を走り抜け、来た電車に飛び乗った。
――――はあ、なんなんだ、全く。
だが、僕は隣の客車を見てぞっとする。あの男が乗っていたんだ。電車は遅い時間のため、立っている人がまばらで空いていた。
そいつは白っぽいシャツにストレートのロングパンツを粋に履きこなしていた。眼鏡をかけ、帽子を被っていて人相はよくわからないが、縛った髪や背格好から映画館で絡んできたやつに間違いない。
――――まさか付けてきたのか?
僕は気味が悪くなって、客車を変え、目指す駅についてもギリギリまで待ってから降りた。
駅からは十分ほど歩く。もしやと思いながら、速度を上げて歩いた。早く帰らなきゃと気が急いてくる。
――――裏道通りたくないな……。
そんな風に思った矢先、足音が聞こえてきた。いやいや、あの駅では下りなかったはずだ。それとも僕が気が付かないうちに降りたのか?
どんどん足音が近づいてきた。僕はまた歩みを速める。すると足音も同じように速くなった。
裏道は暗くて人通りも少ない。だけど今更戻れない。映画じゃあるまいし、心臓に悪いよ。でも、もうすぐ僕らのアパートだ。
「うわっ!」
もう少し、と思った瞬間、僕はまた手首を掴まれる。振りほどく暇もなく、ビルの壁に押し付けられた。でかい体の全てをかけられ動けない。
「何するっ!」
刹那、男が僕の顎に手をかけると乱暴に口づけ、僕の言葉を押し込んだ。弾力のある唇から柔らかい舌が僕の唇を割って入ってくる。
「んんっ……」
男の舌が生き物のように蠢き、僕の欲情を掻き立てていく。僕は男の背中に手を伸ばし、両腕を絡める。
それが合図だったのか、男は僕の腰を抱き、より深くキスを楽しんだ。
「こら……知らない男になんて淫らなキスするんだ」
「うん? いいだろ、僕の勝手だ」
そう言いながら、二人とも唇を離さない。
「許さん……浮気者っ」
「もう、それこそ何の真似だよ。付き合ってやったんじゃないか。佐山」
「あれ、やっぱり気付いてた?」
男がようやく僕から体を離す。男……佐山だけどね。
「あんな面白い映画を三分で寝る奴なんて、おまえ以外にいないからな」
「へへっ。でも楽しかったろ?」
そうなんだ。最初に手首を掴まれた時から、僕は気付いていた。でも、カツラまで被って頑張ってたから奴のシナリオに乗ってやってたんだ。僕もまあ、楽しかったからね。
「そうだな。三流映画よりも楽しかったかも」
「なんだよ、二流映画並みか。まあいいや、帰ってもっと楽しいことしよう」
あいつは僕の手を取る。大きくて暖かい手。この手がわからなくなったらおしまいだよ。
僕らは自分の巣に戻っていく。そこでは一流映画でも敵わない甘く素敵な物語が続いているんだ。
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