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第1部

第34話 満足するまで抱いて

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 僕はまんじりともせず、夜明けを迎えた。夏の朝は早い。5時にはもう、太陽がビルの隙間から顔を出す。

「倫」

 何度となく、佐山がリビングに来たのは気付いていた。それでも僕は寝たふりをした。

「いつまで拗ねてるつもりだ」
「うるさいな……拗ねてないよ」

 いや、思いっきり拗ねてる。別に佐山が悪いわけじゃないのに、僕はこれ以上ないくらい思いきり拗ねてる。

「嘘つけ」

 佐山はソファーで寝ている僕の腕を取り、無理やり起こした。

「そんな顔するな。楽屋に行ったのは間違いだったな。もうさすがにいいかと思ったんだよ。ドラマーやギターの芝崎には挨拶したかったし」
「もういいってなんだよ」
「説明するから。それより、キスさせてくれないか?」

 佐山は僕の横に座ると、顎に手をかける。

「もう限界なんだ」

 そう言うと、僕の返事を待たずに口づける。なんだか少し苦い。でも、いつものように舌を入れられると、パブロフの犬よろしく僕はそれに絡みつく。僕も我慢してたのがキレちゃって、お互い何も言わず、腕を絡めながら長いキスを交わした。

「ま、待った……」

 その勢いで佐山は僕を押し倒そうとする。僕もそのまま流されそうだったけど、踏みとどまった。

「せ、説明してくれるんだろ?」
「んー。どうしても?」
「自分がするって言ったじゃないか」

 僕は目の前にいる佐山にそう言った。少し悲しそうな表情をする佐山が可哀想になったけれど、説明は聞きたい。

「わかった。だから機嫌直してくれ」

 佐山は僕の背中に手を回し抱きかかえるようにすると、頬にキスをする。僕が何も言わないでいると、諦めたように話し始めた。

「あいつは、三杉っていうんだ。若いのに腕のいいベーシストでね。あいつも以前は俺と同じように、バンドを持たずに活動するスタジオミュージシャンだったんだ」

 何度か顔を合わすうち、お互いに興味を抱いた佐山と三杉は次第に仲良くなる。双方ともゲイだってわかってたから、関係を持つのに時間はかからなかった。

「あの頃の俺は、若かったし不誠実でね。付き合うって言っても、特定の相手はいなかったんだよ」

 それは何となくわかっていた。佐山は僕みたいなノンケでも扱いに長けていたし、経験豊富な感じは否めなかった。敢えて知ろうとしなかっただけだ。

「三杉はそれを責めた。俺は面倒になったんだな。だから、結構傷つけるやり方であいつを振ったんだ」
「だから……『いくらおまえでも』、なのか?」

 佐山は三杉にそう言っていた。『いくらおまえでも、許さない』と。

『おまえは一生、誰のことも愛せない。哀れな奴だ』

「三杉は俺にそう言った。捨て台詞と思ったが、俺自身、まともな恋愛が出来ないことにいら立ちもあってね。色々反省したよ」

 佐山はその後、その頃の関係を全て断つ。音楽だけに集中しようとした。そうして一年が過ぎた初夏、僕に出会う。

「今までと全く違った感情が俺の中で沸き起こった」

 佐山の僕の肩を抱く右手に力が入る。左手も参戦してきて、まるでバックハグのようになった。ずるいよ……佐山……。

「愛するってこういうことなんだって……」

 僕の首筋に唇を這わす。愛おしそうに僕の体を抱きしめ、頭を僕の顎の下に潜り込ませていった。

「佐山は……僕に何も悪いことしてない。それなのに拗ねてる僕に腹を立てないのか?」

 佐山はふっと鼻で笑う。

「俺も同じ目にあったら、多分同じように拗ねるからな。あんたが俺を思うあまりに怒ってるってわかってる。腹なんか立たないよ。逆に愛しいくらいだ」

 なんだよ……その自信は! でも……その通りだ。佐山が好きだから、好き過ぎるくらい好きだから、僕は機嫌が悪いんだ。

「何でも言うこと聞くか?」
「機嫌が直るなら、どのようなことでもいたします」
「ふうん。本当だな?」

 僕は左肩に被せるように頭を乗せる佐山を見る。佐山もいたずらっ子のような双眸を僕に向けた。

「じゃあ、僕が満足するまで抱いてくれ」

 佐山は黒目勝ちの瞳を細め、口角を上げた。

「仰せの通りに。命がけでやり遂げるよ」

 佐山は僕をソファーに押し倒す。僕の唇を親指でいたぶって、それからそこに自分の少し厚めの唇を乗せてきた。

「甘い……甘い倫の唇。いただきます」

 甘い……でも、おまえは知っている。それは毒入りだって。僕も知っている。それと知って貪れるのはおまえしかいないって。

「ああ……佐山……ううんっ」

 佐山は僕を裸にすると僕の感じる急所に唇と舌を這わす。僕は、その感覚にまた溺れていく。

 ――――誰にも邪魔させない。佐山は誰にも渡さない。

 僕は絶頂の声を上げながら、そう誓っていた。


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