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第1部
第9話 打ち上げ(その1)
しおりを挟む滞りなくツアーが終わった。今回、このバンド史上最大の集客だったんじゃないかな。佐山もその功績の一端を担ったと思う。いや、一端どころか、結構大きかったんじゃないか? あいつのファンも多数足を運んでいたようだから。
「かんぱーい!」
メンバー、スタッフ一同が集まっての打ち上げ。総勢三十人ほどが、居酒屋を貸し切って大騒ぎだ。三ヶ月に渡るツアーだった。みんな嬉しそう! 僕はあまり酒に強くないし、知らない人たちと騒ぐのは苦手だけど、今日はなんだか気分がいいな。長いこと一緒にいたから、顔見知りにもなったし、特にスタッフさんには仲良くなった人もいる。
そういう裏方同士、固まって僕らは祝杯を挙げた。向こうでは佐山がメンバーたちと楽しそうに飲んでいる。そういう姿を見るのも悪くない。でも、佐山に色目を使う奴がいないかだけはチェックしないと。
「市原さん、お疲れ様です! これ、美味しいですよ」
「おお! 青山さんー、お疲れ!」
今回、結構仲良くなったバンドのスタッフ、青山さん。僕は彼がマネージャーだと思ってたんだけど、違ったのかな。美味しそうなだし巻き卵を持って来てくれた。僕らの前の机には、サラダと刺身しか乗ってないので、気を使ってくれたんだ。
「美味い! 今回のツアー、大成功だったね」
「はい。僕がマネージャーになって初めてのツアーだったから、本当にしんどかったです。それが報われて……」
と、彼は涙目だ。もう酔っ払っているんだろうか。でも、やっぱり彼がマネさんだったんだ。じゃあ、この間の林田さんは何者? 僕は彼の肩をぽんぽんと叩く。同業者として彼の気持ちはよくわかる。
「そう言えば市原さん、この間林田さんに釣られてましたね。うまくバラけたみたいですけど」
「ああ、そうそう、あの人は何者?」
「彼女はウチの会社の企画さんですよ。新しいレーベルを立ち上げるので、目玉のアーティストさんを探してたんです。まあ、市原さんには別の意味で釣りたかったみたいですけど」
青山さんは、真っ赤な目のままニヤついて僕を見た。へえ。本当にそうだったんだ。佐山の勘は凄いな。
「青山さん、僕らのこと知ってるだろ? なんで林田さんに言ってあげなかったの?」
僕と佐山のことは、一緒にツアー回っているなら当然わかる。僕らは何も隠してはいないのだから。
「それは、えっと、佐山さんへのスカウトは本当のことでしたし、僕も応援してました。とは言え、言わなかったのはただの興味ですね。すみません」
彼は悪びれずにそう言った。
「君も佐山が大手に入った方がいいと思う?」
どうしてこんなことを聞いてしまったんだろうか。僕は彼の話に耳を傾ける。いつもは酎ハイ2杯ぐらいがやっとなのに、なんだか手が止まらなくなってしまった。慣れないビールまで飲んでしたたかに酔っぱらった。彼の言葉が、僕の心を抉ったからだ。
「おい、倫、どうしたんだ。あんたらしくもない。大丈夫か?」
僕は泥酔したまま気分が悪くなって、化粧室にいた。洗面所の床に座り込んでいるところに、誰かに聞いたのだろう、佐山がやってきた。
「佐山……おまえは僕が邪魔か?」
「はあ? なにを言ってんだ。酔っ払ってるからって何言ってもいいわけじゃない」
佐山は怒った顔をして、僕を担ぎあげようとした。
「おまえは僕がいるから、大手に行けないのか? スタジオミュージシャンで終わろうとしてるのか?」
佐山は大きなため息をつき、自分の背中を入れて僕を立ち上がらせた。
「帰ろう。誰に何を言われたか知らないが、俺の言うことだけを信じろ。俺があんた無しで生きていけないの知ってるだろう? 馬鹿なこと言わないでくれ」
「佐山……」
「家に帰るぞ。あんたが酔っ払ってようが寝てようが、抱くからな」
顔が熱くなる。でも、僕は佐山が歩こうとするのを止めた。
「なんだ。まだ何かあるのか?」
「ここで……」
「ん?」
「ここで、抱いてくれ。家まで待てない。おまえが欲しいんだ」
酔った勢いかなにかわからないが、僕は化粧室の個室を指した。佐山はさすがに呆れた表情を見せた。でも、それは優しい笑みに変わる。
「いいだろ。俺はあんたのしもべだからな。仰せの通りにしてやるよ」
佐山は僕を乱暴に個室に連れ込む。鍵をかけ、僕を抱きしめてキスをした。両手で顔を包み、濃厚で熱いキスに僕はのめり込む。
居酒屋の化粧室はオレンジ色の照明にぼんやりと包まれ、小綺麗で広かった。いや、実際はかなり酔っ払ってよく覚えてないんだけれど。
でも、どうしてここでやろうと言ったのか、それだけはわかる。佐山が欲しくて仕方なかった。不安で仕方なかったんだ。このままでいいのか、本当は僕もずっと、考えていたのだから。
つづく
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