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第5章

10 二人の決断

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「あ……ど、どういうことだ。おまえは、空は主人格だ。主人格の消失は、空自身の消失ってことになるんだぞ?」

 慌てる俺に、空は動じることもなく、変わらぬ笑みで応じていた。

「そんな難しい話はわかんないけど。僕らはもうずっと一緒になってたんだ。気付かなかった? カササギはお行儀よくなったでしょ? 前に比べてだけど。妙なカッコもしなくなったし、料理も上手になった」

 そう言われてみれば、確かにそうだ。アクセサリーも着けているのを見たことがないし、相変わらず洒落た格好はしていたが、無駄に肌を見せることはない。寒くなったからかと思っていたが。
 それに空が言う通り、最近は朝食も夕食も、カササギの手料理で十分になっているんだ。上達しただけではなかったのか?

「それから、あんまり久遠に迫らなくなった」
「え? あ、うん……確かに」
「僕もね。カササギが言ってること、してること、ちゃんとわかるようになったんだ」
「そうなのか?」

 空はこくんと顎を引く。

「雨の日が苦手なのは変わらないけれど、晴れた日は僕の時もあったんだよ。久遠、気付かなかったでしょ」

 そんなことが? いや、思い当たることはあった。妙に仕事の段取りがいいなとか、この味付けは空っぽいなとか。

「ずっと僕らは一緒にいて、久遠のそばにいたんだよ。『陸』を消すために、僕らは協力してたんだ。二人で話し合って、どうしていけばいいのか、ずっと相談してきた」

 空の眼差しが、一瞬陰る。けれど、それは本当に一瞬のこと。黒目勝ちな瞳はまた、強く輝いた。

「どうするか。決めたのか?」
「うん。決まった。僕は、カササギのなかで生きていくことにした」

 言い終わると同時に、空は俺に口づけをした。唖然とする俺に、満足そうな笑みを見せる。

「だから、今夜だけ……僕をここに居させて」
「それは構わないが……。空、それでおまえは本当にいいのか?」
「心配しないで。僕はいなくなるわけじゃないから。それに戸籍上の『潮崎空』の名は変わることないんだよ?」

 そんな書類上の問題じゃないだろう。俺は言葉を失う。どうして、こんなことになったんだ? おまえたちにこんな悲しい生き方をさせたのは誰なんだ? 

「僕はようやく解放されるんだ。だから、ちっとも悲しいことじゃないんだよ。雨の日に僕を助けてくれたカササギは、僕だったんだもの。僕が僕に戻る。それだけのことだよ」

 難しいことはわからない。二つの人格がたどり着いた結論が、正しいのかどうかもわからなかった。けれど、俺に出来ることはもうなにもなかった。

「好きだよ、久遠。ずっと、好きだった。あなたがカササギを抱いたときから、きっと、僕もずっとあなたを好きだった」

 空は思いの丈を解放するように、俺の腕の中に体を寄せた。俺は包み込むように空を抱く。怖さを乗り越え、俺に体を委ねる空。ずっと奥に沈み込んで、空を許しているカササギ。

 ――――自分を消してまで俺を守ろうとしてる。どうして俺が二人の決断を拒否できようか。

「ああ……ありがとう。わかってる。わかってるよ」

 夜が明けるまで、空がそこにいるまで、俺はずっと抱きしめていよう。

『二人とも救えると思ってるのか?』

 宗志の憐れむような瞳を思い出す。でも、もう怯まない、逃げない。大切な二人を、二人とも俺は救いたいんだ。



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