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第5章
5 宗志の言葉
しおりを挟む待合室に戻ると、カササギがソファーで長い脚を組み、雑誌を読んでいた。読むというか、眺めているといったほうが正しいか。開かれたページには、美しい海外リゾート地の風景がこれでもかと並んでいた。
「バリか」
「ん? タカ、行ったことある?」
さっと顔を上げた表情は、ずいぶんすっきりとしていた。やはりカウンセリングを受けると精神状態が安定するのかもしれない。
「ああ。一昨年行ったな。臨時収入が入ったからな」
確か気まぐれで買った株が化けたんだ。さくっと売って実弾補充と思ったのだが、気が変わって全部使ってやった。
「へえ、いいな」
「行きたいのなら、連れて行ってやるぞ」
「ホントっ!? 行きたい。行って、海の魚を見たい」
「ふうん。可愛いこと言うな。じゃあ、まずはパスポート申請してからだな」
「ああ。うん」
カササギは膝の上に雑誌を載せ、特集のページを何度も捲りなおして眺めている。本気で嬉しそうだ。だが、空はどうだろう。空も行きたいと思うだろうか。
――――二つの人格の垣根がなくなっていけば、カササギのこの願いを叶えてやることも出来る。
『空がやっていたような、PC作業はどうですか?』
ついさっきの鬼塚の言葉を思い出し、俺はカササギの隣に座る。
「まずは資金が必要だな。おまえ、俺の手伝いしてみないか?」
「え? なんだよ。家事以外にまだなにかやらせんのか」
「家事って、朝だけだろう。掃除はルンバ頼みだし」
「まあ、そうだけど……。これからは夜とかもやってみようかと……。あ、でも、PCって空がやってたやつだろ? あれならオレも出来るかも」
カササギは夕食も自分でやろうとしてたのか。これには驚いた。
「そんなに慌てなくてもいい。おまえがやれる範囲でいいんだ。PC作業もその気になったらでいいぞ」
会計を済まして駐車場へと向かう。俺たちは仕事のことや家事のことを話しながら連れ立って歩く。
カササギが俺のアパートに来てから4ヶ月が経った。背が少し伸びたように思うのは気のせいだろうか。男性の19歳ならまだ伸びても不思議はない。心なしかがっしりしてきたようにも思えた。
――――順調なんだ。鬼塚先生も良い方向に向かってると言っていた。自信を持とう。俺はうまくやってる。
俺の脳裏に、ふいに宗志が現れた。あいつはいつものように笑って俺に尋ねる。
『おまえ、二人を救えると思ってるのか?』
二人じゃない。もうすぐ一人になるよ。俺はうまくやってるだろう?
『そうだな。そうかもしれんな』
なんだよ。そうかもって……。俺は宗志に問いかける。深刻な表情などではなく、努めて笑顔を作りながら。
『よくやってると思うよ。けど、思い込みはやめろよ。後悔しただろ?』
宗志は前髪を掻き上げ、口角を上げる。そうだな。ああ、ちゃんと言葉にするよ。行動に表すよ。勝手に人の気持ちを想像するのは止めだ。
『ああ……そうしてくれ』
「どうしたの? タカ。ドア開けてよ」
「あ、すまん」
いつの間にか車の前まで歩いて来ていた。カササギがドアノブをガチャガチャと言わせている。
――――ちゃんと言葉にして、行動に表す。
こんな簡単なことが出来なかったために、俺は宗志を失ったんだ。あいつはなけなしの命を断ってしまった。たくさんの悲しい人を残して……。
「じゃ、買い物して帰るか。今日は一緒にカレーでも作らないか?」
シートベルトを締めながら問いかける。
「いいね。オレも食べたい」
元気な声が返ってきた。
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