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第5章
2 体の関係
しおりを挟むカブリオレではもう風が冷たい。ルーフを閉じて走らせる車窓には、色づき始めている街路樹が美しく映えた。
隣でカササギは大人しくしている。黒のパーカーにデニム。空は白っぽい色を好んだがカササギは黒や紺をよく着ている気がする。
「あれ、ピアスはどうした?」
いつもは耳にピアスが光っているのだが、今日は着けていないようだ。ヘアスタイルはワックスで自由に遊ばせている感じがカササギらしいけれど。
「あ、面倒だから外してきた」
「へえ」
ちらりと覗く鎖骨あたりを見てみる。トレードマークの金のネックレスもなかった。
――――なんだ。心境の変化か? ま、いいか。
週末の鬼塚メンタルクリニックは、午前中のみの診察だ。だが、俺たちは午後から予約制のカウンセリングを受けることになっている。
別に特別待遇というわけでなく、精神科患者の多くは長期に渡る治療が必要なのが通例で、短い診察だけでなく、長い時間をかけてカウンセリングをするのも重要なのだという。
鬼塚クリニックでは、毎週誰かしらがこの時間にカウンセリングを受けている。
「そうですか。料理をね」
アパートから追い出して以来の面談だ。カウンセリングはまずカササギが受け、それから俺が受けた。俺の場合はもちろんこちらから希望してだ。今後のことを相談したかった。
「今朝も早起き……と言っても7時半くらいですが。モーニングを作ってくれました」
この三日で、目玉焼きが焦げなくなり、野菜もサラダっぽくなっていた。空のような喫茶店レベルにはまだまだ遠いが、上達が早くて驚いている。
「それは、いいことですね。本人は気付いていないのかもしれませんが、空との融合が始まっているのかもしれません」
鬼塚はあの夜のことを蒸し返す様子はなく、初めてここで会った時と同じように白衣は着ないラフなスタイル。銀縁眼鏡の下、口元に笑みを浮かべて応対していた。
「そうでしょうか。なら、良いけど」
「カササギは、あなたが自分に関心がなくなったのではと心配してました」
「え? いや、それは……誤解だ」
鬼塚は、作り笑いにしては軽やかに笑う。
「私もそう言いました。空やカササギのことを思ってのことだろうと。あいつは、体の関係がないと不安なんですよ……」
体の関係。そう言われても、俺はどんな顔をすればいいのかわからない。仕方なく足先を見つめた。今日は俺もラフな格好をしてきたから、革靴ではなくスニーカーだ。紐が少し緩んでるのを締めなおした。
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