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第4章

18 負のキーワード

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「それで……その怒りで、あの『陸』が登場したってことなのか?」
「たぶん。そうだと思う」

 胸に額をつけてカササギは呟く。

「空はそのとき、放心してた。タカにキスされて、いつもなら人の皮膚に触れただけで怯えるくせに、そんな感じじゃなくてさ。オレはあいつに言った。どういうつもりだって」
「どういうつもり?」
「ああ、おまえ、怖くないのかって」

 暖かくて幸せな感情が、空のなかで広がっていた。モノトーンの景色に色が付き、それが輝き始める。カササギがいた場所にその思いが侵食しようとしていた。
 冗談じゃない。消されてたまるか。カササギは空の意識に必死にしがみついた。

『怖い?』
『そうだ。タカだってあの男と一緒だ。やることは一緒なんだよっ!』
『そ、そんなことない! 一緒なわけないだろう?』

 空は明らかに狼狽した。『あの男』というキーワードが色のついた景色を黒く塗りつぶしていく。

『空、もう忘れたのか? あの男にやられそうになって、おまえはどうなったんだ? オレに代われなかったあの日、おまえどうしたんだ?』
『それは……でも、僕は久遠が好きだし……久遠も僕を好きなんだ……』
『勘違いするな。タカが好きなのはオレだ。タカは空じゃなくて、カササギが好きなんだよ! おまえの母親がおまえじゃなく陸を愛したように』

 酷い言い草だ。けれど、俺はそれを責められない。空にとって耐えがたいキーワード。カササギが知らないはずはない。今まで決して言葉にしなかったその呪詛を、カササギは全て空に投げつけた。そうさせたのは俺だ。

「空の意識がぷつんと切れたんだ。オレはしてやったりと思ったんだけどね。あいつが引っ込んだうちに、自分が前に出るつもりだった。けど……」

 まるで濁流渦巻いていた河の堰が切れたみたいに、どす黒いなにかに意識が一掃された。カササギも地下牢にでも閉じ込められたように身動き取れなくなった。

「あいつがまた復活した。空の心の中で、オレたちは丸裸だ。空の意識はガラスみたいに壊れやすいから、ずっと気を付けていたのに。あの時のオレは、自らガラスをたたき割ってしまった」

 陸は『あの男』『母親』のキーワードで目覚めた。父親がまた自分を襲いにきたのだと思い込んだ陸は、目指す男を殺そうとした。

「キッチンからわざわざ包丁を持ってきたってことか?」
「多分ね。オレが空の意識に働きかけたのは、空がタカの部屋を出てからだから」

 確かに空は一度キッチンに戻ってる。キスしたあと、俺のベッドで眠ったわけではないんだ。夕飯の支度をしてたはずだから、目の付くところに包丁があったのかもしれないな。

 ――――ふわふわした気持ちのまま、キッチンに戻って。鼻歌でも歌いながらサラダを作っていたのか。つかの間に感じた幸せ。そこに……魔が忍び込んだ。

 俺はその『魔』の正体を腕に抱き、くせっ毛を指で梳くように撫ぜている。

 ――――それとも俺が『魔』なのか。こいつらの平穏な日々を壊したのは俺なのか?

 この先、俺はどうやってこいつらと向き合っていけばいいのだろう。追い返しておきながら、鬼塚に相談したくなっている。しばらく引きこもった空は出てこないかもしれない。

 途方にくれた夜は、雑になりがちな俺の性分を無視して混とんと過ぎていく。なんの解決も思いつかないまま、夜明けを迎えた。



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