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第4章

17 消えていく恐怖

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 初めて成長した『陸』が出没した時、カササギは死を受け入れていた。それは空が受け入れていたからかもしれないが、自分が作られた人格であることも許容し、消される運命も理解していた。

「別にどうでも良かったんだ。あの畜生に抱かれるのもうんざりしてたから」

 それでも、カササギは生き延びたことに素直に喜んだ。もう、あのケダモノと会うことはないと、警察病院の医師から何度も言われたからでもある。

「先生たちは、人格乖離が起こった原因のあの男に、二度と会うことはないと断言したんだよ。それで、オレも空も落ち着くことが出来た」

 この件について、翌日の朝、俺は納屋に電話で確かめた。あの畜生みたいな父親は一命は取り留めたものの怪我の後遺症なのか、それとも精神的なものかわからないが、下半身麻痺になったらしい。
 まあ、俺からすればようやく天罰が下ったのかってとこだけど。

『空が退院するより少し前に、自殺したんです』

 電話口の納屋は特段の感情も込めず、淡々と俺に伝えた。あいつもあの男の死に、特別な感情はなかったのだろう。
 空が退院して社会復帰できたのも、あの男の死が大きかったのだと容易に想像できた。

 ――――もしかして、納屋が殺してたりして、自殺にみせかけて。

 なんて妄想が俺の頭に浮かぶ。

 ――――まさかな。おおかた病院で酒が抜けて、自分のしたことを悔いたんだろう。

 俺は大げさに頭を振って、くだらない妄想を打ち消した。



 あの事件の日には死を厭わなかったカササギも、今回は様子が違った。自分がもしかしたら消えてしまうかもしれない。そんな予感が思いも寄らないほど恐怖だった。

「初めて空に嫉妬した。腹が立って腹が立って、どうしようもなかったんだ。嫌なことはいつもオレや陸にさせて知らん顔してるのに、なんであいつだけがこの世界に残れるんだ。タカの愛を独り占めするなんて。そんなこと、絶対許さない」

 俺たちは再びラグに寝ころび、天井を眺める姿勢でいた。ゆったりと話をしていたカササギだが、ここに至っては語気を荒げ、床を拳で叩いた。

「オレは、タカと別れるのは嫌だ。空に取られたくなかったんだよ」
「カササギ、落ち着け」

 カササギは首をこちらに向け、口を歪めた怒りの形相で俺を睨んだ。

「あんたはいいよな。オレでも空でもどっちでもいいんだから」
「そんなことはない。うまく言えないけど……俺もおまえがいなくなってほしくないよ」

 言っていいのかわからないが、俺はカササギにいてほしいと思っている。それは紛れもない本心なんだ。強気なふりして生意気を吐くが、本当はずっと傷ついている。そんなおまえがほっとけない。

「ホント?」
「ああ、嘘じゃないよ……」

 けど、空のことも大切に思ってる。同一人物でありながら別人格の二人を同時に好きになるとか、どうしたらいいんだ。本人を前にして、どう説明すればいいのか俺にはわからない。

「タカ……」

 またカササギが俺の懐に入ってくる。仕方ないと思いながら、俺はあいつを腕の中に迎え入れた。


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