カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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第4章

15 絶望と嫉妬

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「それで……絶望と嫉妬ってのは?」

 この話は前振りなんだろう。俺は続きを促した。

「空はあの日……あの事件の日。絶望のあまり死にたいと思ってたんだよ」

 カササギは膝頭の上にこめかみのあたりを乗せて、口元だけで笑みを作った。
 あの日、空は学校帰りにある場所へ出かけて行った。バスと電車を乗り継いで、目的地に着いたのは、夕方近かった。早く帰らなければ、帰って夕食の支度をしないとまた父親が暴れ出す。
 けれど、空はそれでもいいと思っていた。これでもう、あの日々とはさよならできるかもと、淡い期待を抱いていたからだ。

『ここだ。メゾン柏原。間違いない』

 空が訪ねてきたのは、彼を置いて家を出た母親が住んでいるマンションだった。学校の友達が、親の携帯からこっそり抜き取ってきたという。彼の親は、空の母親とは親しかった。家出の後、唯一連絡を取っていた人だ。

『これ、空の母さんの居場所みたいだよ。おまえ、訪ねてみたら?』

 友達は空が虐待にあってることを知っていた(親の会話からわかったことだ)。大人の事情など知ったことではない。単純に助けてやりたいと思ってくれたのだ。空は感謝してその住所を手にした。
 もちろん母親には何も伝えていない。驚かせたい気持ちもあったが、拒否されるのが怖かったからだ。

 ――――けど、顔を見れば、きっと喜んでくれる。僕も会えれば……それでいい。

 何故自分を置いていったのか、そんなことを問い質すつもりはなかった。とにかく顔を見たかった。

『母さんだ……』

 部屋番号もわかっていたが、いざとなるとなかなかインターホンが押せなかった。そうこうするうち、エレベーターからから見覚えのある、懐かしい人が出てきた。
 まるで記憶の中からうっかり飛び出したようで、なにもかも見たことのあるシーン。父親が掴んで引きずるため短かくしていた髪が、背中まで伸びていたのが印象的だった。
 その姿に涙が溢れてくる。本当に幼い頃、まだあの男がまともだったころの母親の記憶が蘇った。

 ――――え……。

 だが、その直後、空は予想もしなかったことを目の当たりにした。エレベーターから出てきたのは母親だけではなかった。後ろから、赤ん坊を抱いた背の高い男性が現れたのだ。
 空は思わずマンション前に植えられた樹々に隠れた。

『涼しくなったねえ。陸くん、機嫌直ったかな?』
『笑ってるよ。ほら』
『ほんとだー。陸くんはお外が好きだものねえ』

 母親は男が抱いた赤ん坊の頬をくすぐるように撫ぜた。キャッキャッという可愛らしい声が聞こえる。

 ――――りく……。 

 空は何も言えずそのまま立ちすくんでいた。夕日に向かって歩く幸せそうな三つの影が滲んでいく。頬を伝う涙が顎から滴り落ちているのを知りながら、それを拭うこともせず。ただ、その影を見送っていたという。

 空は中学2年生だった。


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