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第4章
14 カササギの由来
しおりを挟む「条件? なんだそれは」
「絶望と嫉妬」
言い終わるや否や、カササギは俺にキスをする。しつこく唇を這わして舌を入れてきた。
「や、やめ……」
おまえが言ったことを、俺はもっと考えたい。考えなきゃならんのに、混ぜっ返すな。俺は両腕を使って、なんとかあいつを剥がした。
「ちゃんと話せ」
起き上がり、カササギの両腕を掴む。あいつは不満そうな表情のまま、仕方ないとばかりにため息をついた。
「オレたちの名前はどうしてついたかわかる?」
ラグの上に、カササギは膝を抱えて座る。細長い指で足の下のラグをなぞりながら、俺の顔をちらりと覗き見た。
「いや、空に陸って兄弟みたいだなと思ったが……カササギは見当もつかんな」
「だよね……」
「空には兄か弟がいたのか?」
「ああ……うーん、いたというか、いないと言うか」
「どっちなんだっ」
俺も胡坐に組み替え、思わず突っ込む。
「あいつの母親がさ、空に言ったんだよ。弟が出来たらその子には『陸』って名付けるって。だから空は、ずっと弟がいつかできるって思ってたんだな」
「そうか……」
だが、その待望の弟は生まれなかった。それどころか、その名を自分の身代わりにしたんだ。弟を待っていたのは、父親の暴力が半減するとでも思っていたからだろうか。
――――そうだとすると、胸がモヤモヤしてしまう。空に非はない。第一、身代わりに仕立てたところで、暴行を受けているのは誰あろう、自分自身だ。
「まあ、そこは空を責めないでよ。弟が自分を助けてくれたらって思ってたんだよ。あのくそ野郎が酒を止めて『普段の優しい父親』になるかもしれないって、これは母親が思ってたんだよな」
「責めるつもりはない。勘違いするな……」
カササギはあっさり言うが、どんどん胃のあたりにしこりが出来て重くなる。考えたいのは本当だが、簡単な作業じゃないと改めて思う。
「鬼塚センセが言ったとおり、くそ野郎がケダモノに変わったところでオレが生まれた。ま、『陸』では補えなかったんだな。もっと大人にならないといけなかった」
「ああ……そう言ってたな」
益々重たくなってきた。首元に息苦しさまで感じる。
「タカ、七夕の彦星と織姫の話、知ってる?」
「え? えっと」
いきなり七夕の話になった。思考が付いていかない。
「彦星と織姫は意地の悪い神様のせいで1年に1度しか会えない羽目になった」
「ま、あ、簡単に言えばそうかな」
俺の小学生みたいな答えにカササギは失笑してる。うるせえ。
「しかも、雨の日は天の川が洪水になって渡れないなんて難癖まで付けたんだよ。酷い話だろ?」
「はあ」
確かに雨の日は、楽しみにしていた七夕会が中止になったりして、子供の頃は腹を立ててたものだ。あれ、でも話によれば、雲の上で勝手に会ってるんじゃなかったっけ?
「カササギはね。その雨の日に彦星を乗せて織姫のところに連れて行く鳥なんだよ」
「へえ。ああ、なんか聞いたことあるな」
どこかの国の童話なのか、それとも日本の民話か? そういうの聞いたことがあった。
「空は子供の頃、その話を聞いたんだな。それで、雨の日に自分と陸を助けてくれる人物に『カササギ』と名付けたんだよ」
「そうなのか。それは……凄いな」
多重人格障害に現れる別人格は、本人の自覚があろうがなかろうが、本人自身が作り出したものであることは間違いない。
驚くような能力を持っていたとしても、それは本人の隠れていた能力に過ぎない。だから、彼ら(それら)の名前が本人由来であるはずなのだ。
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