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第4章

7 心神耗弱状態

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 それで、なぜ今日になって出てきたのか。聞いてもそのときは『わからない。助けようと思ったら、目の前にあいつがいて。咄嗟にビール瓶で殴った』と応えるのみだった。

「被疑者は少年だし、警察も持て余しましてね。精神鑑定を行うべく、鑑定医にゆだねたんです。と言っても、最初は簡単なカウンセリングですが」

 警察の精神鑑定については詳しく知らないが、納屋が言うには、事件後の拘留期間内に1時間ほどかけて行われる簡易鑑定と、入院してじっくり診る正式鑑定があるらしい。空が受けたのはまずは簡易鑑定だった。

「そこで、ようやく主人格の『空』が現れました」

 ――ここは、どこですか……。あの、父さんは……――

 初めて空を取り調べた納屋は、彼が年相応な人物でおとなしい普通の少年であることを知った。自分がずっと親に虐待を受けていたことも知っていて、そしてそれを、『陸』と『カササギ』に負わせていたことも。

『父が僕になにかしようとするとき、如実にわかるんです。あ、これからまた始まるなって。そしたら、どういうわけかスイッチが切れたように自分の意識が飛んじゃうんです』

 空はそう説明した。終わるといつも、怪我をしている自分と酔っぱらって寝てしまった父親がいたという。けど、何があったのかたいていの場合覚えていない。
 母親がいた時は、同じように殴られて泣いていた。その泣き顔を見るのが一番辛かったと語った。

「それからしばらくして、私はカササギに会いました。雨降ってましたね。あいつはいつも、雨が降るときに現れる」

 事件のあった日は、たまたま晴天だったらしい。だからカササギよりも陸が現れたのか。それはわかっていない。

「空よりも陸よりも、私たちが知りたいことを話してくれました。自分だけが二人が顕れている時に、その状況を把握できるのだと言ってました」

 それは俺にも言っていたし、空自身もそのことは気付いていた。悪口も聞いてると。

「カササギが言うには、自分が父親の相手しているとき、無理やり陸が出てきたのだと。最初は空かと思って焦ったようですが、様子がおかしい。ビール瓶を振り回しているのが陸だと気付くと、やはり意外だったようです。どうして急に成長して、しかも殺意をストレートに表す形で現れたのか、わからなかったと」

「それで、あいつはそのまま引っ込んでたんですか?」
「陸の意識が強烈過ぎてどうにもならなかったそうです。けど、時間が経って、カウンセリングを受けているうちにようやく落ち着いて。また奥に入り込んだと言ってました」

 結局、空は精神鑑定と治療のために警察病院に入院した。鑑定医が出した答えは『解離性同一性障害』、昔ながらの言い方では、多重人格障害のことだ。

 つまり、心神耗弱状態での暴行だったと診断され、空は無罪放免になった。


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