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第4章

5 もう一つの人格

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「縫うほどの傷じゃなくて、とにかく良かったです」

 きっちりとテーピングのうえで包帯し、俺の治療は終わった。とりあえず落ち着いた。カササギはリビングのラグの上で転がっている。スマホをいじっているのはゲームでもしてるのだろうか。

「色々聞きたいことがあります。てか、あり過ぎですが。まだカササギからもなにも聞けてなくて、なにが起こったのか全くわかってないんです」

 聞きたいことばかり、わからないことばかりだ。正直、こいつらよりもカササギに話してほしいのだが、あいつはどういうわけか口が重い。

「そうですよね。包丁で襲われたのだから……まず先ほどのご質問にお答えしなければ。あの、人格。久遠さんを襲った彼の名は『陸』と言います。空君がずっと小さい頃、彼の身代わりになっていた人格です」

 先に口を開いたのは鬼塚氏だった。鬼塚氏と納屋は二人並んでソファーに座り、俺はその真ん前に椅子を持ってきて対峙している。俺は膝の上に両腕を置き、前かがみだ。すぐそこにカササギがいるからか、三人とも声は小さめに抑えていた。

「陸? そんな子供のようには思えなかったですが……」

 それどころか、カササギや空よりももっと年長で粗暴に思えた。

「陸は空が子供の頃、酒乱の父親から暴力を受ける際に作られた人格でした。それが、その、空が成長し、母親が出て行ったタイミングで父親の暴力が性暴力に変化したことで……」

 俺は思わずカササギが転がってるラグを見る。話には聞いていたから驚くことではないが、やはり言葉にされると衝撃がある。しかも本人がすぐそばにいるのに。
 だが、あいつはそれを察したのか、イヤホンをしてスマホの動画を見ていた。

「カササギが陸に代わって現れました。陸ではあの残酷な仕打ちを受けるのが幼過ぎたのでしょう。精神的にも大人びた人格が生まれたんです」
「それは、空がいくつの時だったんですか?」

 俺は両手を顔の前で組み、顔を隠すようにして尋ねた。動揺が口元や視線に現れるのが自分でわかった。それを、なんとか誤魔化したかった。

「11歳です。母親が家を出たのがその少し前でしたから」
「なんで……空を置いていくんだよ……」

 今更言っても仕方ないことだ。でも、言わずにおれない、思わずにおれない。二人は押し黙る。彼らもまた同様に思いながら、どうしようもなかったからだろう。

 カササギは11歳の時、父親から受けた性暴行に耐えきれなかった空と陸が作り出した人格だった。

『こんなことはなんでもない。目をつぶってたら終わるよ。だからおまえらはそこでじっとしてろ』

 カササギは二つの人格を守る役割だったのだろうか。

『あいつにはオレが必要なんだ』

 カササギの乾いた声が蘇る。どんな気持ちで、おまえはそう言ってたんだ。

「それでは、その、『陸』はあまり出番がなくなったわけですよね?」
「そうです……でもある日、突然出てきました。と言うか、それは空とカササギが言ったことですが……」

 今度は鬼塚医師の口が重くなってきた。ちらりと無精ひげの刑事が視線を送る。俺と同じように膝に腕を乗せている。まじまじと見ると、濃い系の顔は彫りが深く、やはり男前なんだと俺は改めて思った。太い眉が意志の強さを感じる。


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