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第3章
18 お守り
しおりを挟む「図星だったみたいだね」
「宗志、待て。あの時の俺は、確かに意気地がなかったよ。でも今は違う。おまえもこんなにボロボロになって……森嗣の人たちも、今度は俺たちのこと許してくれる……いや、許してくれなくてもいい。
俺のところへ戻って来い。学生時代より、マシなアパートに住んでるからさ」
俺は拝むようにして宗志に訴える。少しずつ間合いを詰めようと、じりじりと歩を進めた。
「馬鹿だなあ、久遠は。だからもう、遅いって言ったじゃないか……」
「宗志?」
「本当は、これから飛び込むつもりだったけど、おまえがまた助けにくるからやめておくよ」
「ああっ!? なに言ってるんだ。そうだよ。俺は何度でも助けに飛び込むぞ。だからやめとけっ!」
思った通り、あいつはここで命を絶つつもりだったんだ。間に合って良かった。俺は安堵に胸を撫でおろす。だが、宗志はその様子を見下すような冷笑で返す。
「なんだよ。なにがおかしいんだ」
嫌な予感がする。さっさとあいつの腕を取って車に戻りたい。だけど迂闊に手を出せば、宗志が体を翻してしまいそうで怖くてできない。俺の背中に変な汗が伝った。
「製薬会社っていいとこだな」
細面の顔はさらに頬がこけ、くぼんだ目元に皺をよせる。笑ってるのか?
「いきなりなんだ。そりゃ、証券なんかよりずっと人の役に立ってると思うよ」
「そういうことじゃないよ。僕が何食わぬ顔して入社したのは、ある『モノ』が欲しかったからだよ」
俺の返答を明らかに驚いたふうに宗志は返す。
「ある……モノ?」
冷たい汗が今度は額にも伝ってきた。
「研修でさ、ウチの研究所や製造所に行くんだよ。久遠と別れてから、僕はその日を指折り数えてた。お守りが欲しかったんでね」
「お守りって、おまえ……まさか」
俺の想像が当たっていたら、あいつの言う通り、『もう遅い』。俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、やっぱり久遠は鋭いね」
「おまえ、すぐに吐けっ! いや、俺が吐かせてやる!」
もう落ちるとか言ってる場合じゃない、俺は宗志の腕を取った。細く、まるで枯れ枝のような手首。
「無理だよ……もう……そろそろカウントダウン……うぐっ!」
腕の中で突然、宗志がガタガタと震え出した。そのまま膝を折り、俺の腕にぶら下がる。桟橋が真っ赤な鮮血に染まった。
「宗志っ!」
小刻みに痙攣する宗志を抱きしめる。少しでも苦しみが和らぐように、今の俺にはそれしかできない。
「嘘だろ……やめろ、宗志。芝居だと言ってくれっ! やっと会えたのにっ」
「あす……会えて……よ」
スイッチが切れたように、俺の腕の中で宗志は体を萎えさせ、そのまま動かなくなった。
俺は愕然とし、宗志の顔を見る。血に染まった口元を俺は袖口で拭い、あいつの頬に手を当てた。思い出と想像で触れてきた肌は、すべすべで弾力があったのに、今はざらついて薄い。
そのささくれた肌に俺の涙がボタボタと落ちていく。
「宗志、なんでだよ、なんで、俺を置いていくんだよ」
俺はあいつを抱きしめ、何度も名前を呼んで号泣した。どうしてこんなになるまで、俺は宗志に会いに行こうとしなかったんだ。どうしてもっと早くここにたどり着かなかったんだ。俺の様子に驚いたキャンパーたちが、桟橋に集まってきても、俺は気付くことなく泣き続けた。
宗志は自分の会社のどこからかくすねてきた青酸系毒物のカプセルを飲んでいた。そのうえで湖へ飛び込むつもりだったんだ。『お守り』の開封をいつにするか。休職してからの宗志は、そのことばかり考えていた。
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