カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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第2章

15 あなたのせいじゃない

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 ランチの後、告げた通り外出した。いつもよりはフォーマルな雰囲気。シャツやネクタイ、ジャケットスーツはダークグレーを基調にして揃えている。途中のコンビニでは線香を購入した。つまり、墓参りに行く。

 森嗣宗志もりつぐそうし。5年前の今日、この世を去った友人の墓参りだ。車で2時間ほど走れば、その地域では有名な墓地霊園がある。
 彼の墓は、家族により新たに建立され、白い御影石の墓石はまだ真新しい。そこには、今朝飾ったばかりと思われる美しい花や線香が置かれていた。
 俺が午後のこんな時間に来るのはそのためだ。家族と鉢合わせないようにしてる。俺も会いたくはないけれど、むしろ相手側が俺の顔など見たくないはずだから。

 ――――宗志……。もう5年も経ったんだな。長いようで短い。俺は相変わらずだ。

 線香に火をともし、数珠とともに手を合わす。何を語り掛けようと答えるはずもないのに。それでも、あいつがこの磨かれた墓石の向こうで、ぼんやりと俺を見ているような、そんな気になりたかった。

『おまえ、どうするつもりなんだ』

 いつか、夢で俺に問いかけた。その問いに、俺はまだ答えがない。

「やっぱり……あなただったのね」

 ふいに背中越しから聞こえた声。それは振り向くのを躊躇するような温度の低いものだ。

未央子みおこさん……」

 かといって、振り向かないわけにいかない。心当たりはあった。予想したとおりの、森嗣未央子。宗志の妹だ。
 長い黒髪を風にさらわせ、細身の体はしっとりとしたワンピースを纏っている。親族との墓参りは午前中に終わっているはずだ。俺が来るのをわざわざ待っていたのか。

 ――――葬儀の日以来か……。あの時も大人になったと思ったけど、さらに美人になったな。

 眉を寄せた表情は険しいけれど、宗志に似て凛として美しい。

「兄の誕生日や命日に、誰かが来てたの気付いていたのよ。私はあなただと思ってた。いつもこそこそとやってきて、あきれたものね」

 コソコソとと言われたらその通りだが、あんたらが不愉快な気持ちにならないようこっちは気を使ってるつもりだ。だが、あからさまな敵意に晒されても、言い返すことは出来ない。

「すいませんでした。失礼します」

 彼女と言い争っても仕方ない。俺は彼女の顔を見ずに、すり抜けようとした。

「なんで逃げるの? いつも逃げてばっかりよね。ねえ、どうして兄は死んだの?」

 再び背中に刺してくる。俺はそのまま去っても良かったのに、なぜか立ち止まってしまった。

「逃げたからでしょう。俺が……」
「父さんたちに別れろって言われたんでしょ? どうして従ったの?」

 どうして。さあ、今となっては俺もわからない。あいつのために従ったつもりだったのに。それはそうじゃなかったのか?

「兄のためとか言わないでほしいの」
「え?」

 俺はおずおずと振り向く。鬼の形相かと思った未央子の顔は、ずっと落ち着いているように見えた。頬に伝う涙が無ければ、清々しいほどだ。

「兄が死を選んだのは、あなたのせいじゃないから」

 彼女はそれだけ言うと、踵を返しすたすたと元来た道を行ってしまった。慰めの言葉ではもちろんない。だが、どういうつもりでそう言ったのか。まるで宣言でもするように、彼女は吐き捨てた。

 ――――俺は、宗志の死に関わっていない。そう言いたいのか。

 俺の存在を消したい。それが未央子の意志なのだろう。

『未央子は僕が言うのもなんだけど、ブラコンなとこあってねえ』

 いつだったか、宗志が言っていたのを思い出す。嫌われても当たり前か。死というより、あいつの人生とも関わっていないことにしたいのかもしれないな。

 それでも、ないものには出来ないんだ。あんたには悪いけど、俺と宗志は確かに同じ時を過ごし、お互いを求めていた。それは揺るぎない。だってそうじゃなければ、あいつはこんなに若くして命を絶つことなんてなかったはずだから。


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