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第2章

14 重い心

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 あの夜、カササギはらしくないほどに自分の感情を俺にぶつけてきた。いつもは行為そのものを楽しむ、ともすれば高飛車な高級娼婦のようにふるまうのに、『好きだ』と告げた言葉がうそじゃないとでも言うように素直で献身的だった。

『オレのことは好き?』

 果てる寸前、俺の胸に縋りついてそう尋ねてくる。そんなときに聞くなんて反則だと知りながら。
『好きだよ』

 応じる言葉に嘘はないと、その時は思うに決まってる。けどな、俺は本当に、おまえが好きだよ。

『オレのこと、欲しいと思ってくれな』

 ベッドに横たわり、カササギが言う。ことが済んで、ふうっと大きなため息をつきながら。

『なんだそれは。そりゃ……思ってるけど』

 汗だくになっておまえを抱いた後、拒否するほど俺はプライド高くない。

『そうだね。タカがオレを思ってくれれば、また会える。オレは存在できる』
『え?』

 カササギの方を向くと、あいつはシーツに頬をつけて笑っている。目じりに細い皺が浮かんだ。

『じゃ、もう部屋戻るわ。空が出てきたら困るだろ?』
『あ、ああ。おやすみ』
『おやすみ』

 体を起こし、カササギは俺のこめかみあたりにキスをする。あいつの纏っていた熱い空気ごと俺の部屋から去っていく。
 ドアが閉められて、俺はそっとあいつが寝ていたシーツに手を伸ばした。暖かいあいつの体温が、まだそこには残っていた。

 ――――タカが思ってくれれば、オレは存在できる。

 カササギの言葉が俺の鈍い頭にゆっくりと浸透していく。それは、俺が望めばおまえが現れるということか? 精神のバランスのために、カササギの存在が欠かせないと医者は言うけれど。

 ――――本当にそうなんだろうか。空は、それを望んでいるのだろうか。

 眠気と疲れに覆われるはっきりとしない脳内で、俺はなにか重要なことを見落としている気がした。けれど、そのときはまだ、あまり真剣に考えなかった。

 ――――俺は、おまえが欲しいよ。カササギに会いたいといつでも思ってるんだ。

 好きだと言われたからなのか。より一層、カササギに対する愛おしさが、俺のなかで増していた。



 マンションから見える森の樹々が、緑から黄、赤に変わっていく。色とりどりの美しい絨毯が青い空に映え、秋の深まりを告げていた。

 だが、この季節の訪れを知る頃、俺の心は重くなる。頬の筋肉が萎縮したように笑うのもぎこちなくなっていた。

「昼過ぎちょっと出てくるから。留守番しててくれ」

 午前のマーケットが開く少し前、いつものように空と朝食をとる。エプロン姿のあいつは二杯目の珈琲をカップに注いでくれた。

「了解。久遠、最近元気ないけど……」
「え? そうか? そうだなあ、秋はもの悲しいだろ?」

 少しおどけて言ってみた。それで納得してくれないのを恐れ、俺は話を変える。

「それより、おまえそろそろ病院じゃないのか?」

 的外れな指摘じゃない。最後に行ってからひと月経っている。どのくらいの頻度かわからないが、大体ひと月毎のような気がする。

「ああ。えっと、まだ大丈夫だよ。薬もあるし」
「本当か? 空、病院好きじゃないんだろ」

 以前、カササギがそんなことを言ってたような。

「それは……自分の頭を覗かれて好きな人はいないよ」
「あ、まあ、それはそうか」

 空の診察中に、俺は同室したことがない。おかしな機械が取り付けられてるようなマッドなことはないだろうが、カウンセリングでは聞かれたくないことも聞かれたりするんだろうと想像する。

「だから、良くないことかもしれないけど、大抵病院へはカササギに行ってもらってたんだ。で、診察室で呼び出される……」

 そうだな。ここに来てからもそんなパターンが続いていたように思う。

「でも、今はホントに大丈夫。来週か再来週で十分だよ。最近気分もいいし」
「そうか……ならわかった。来週、どこかで行こう」

 空に問い詰めたところで意味はないことに気付いた。それが真実でも嘘でも。
 今度カササギが出てきたときに改めて聞いてみるか。少なくとも再来週までには現れるだろう。秋晴れが続いて雨の日は少ないけど、晴れた日にも出てくるときはあった。

 ――――俺が望めば。と言ってたな。そうか、今はそんな気になれないから、最近ご無沙汰なんだな。

 自分勝手に納得して、俺は仕事部屋へと向かった。


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