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第2章

2 ここにいる条件

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 欧州のマーケットが一区切りついたところで、一服しようとリビングに向かった。廊下に出てすぐ気づく。まともな料理の匂いだ。

「空?」

 思った通り、キッチンにはエプロンをした空がいた。良かった。三日ぶりの手料理だ。

「あ、久遠。今日はドリアにしようと思って……冷凍ご飯あったから」

 確かに冷凍庫にご飯が入ったパックがあったな。ご飯だけあってもどうしていいかわからなかったが、なるほどそういう使い方をするのか。カササギのことを言う前に、自分も無知がすぎるな。

「いいねえ。あ、珈琲もらえるかな」
「今、落としてるよ。すぐ飲める」
「さすが」

 珈琲メーカーのポットに褐色の液体が揺れている。俺がこれくらいの時間にリビングに来ること、わかってるんだな。

「あの、久遠」
「なんだ?」

 カップに淹れたての珈琲を注ぎ、ソファーに向かう。対面キッチンから空が視線を送っていた。
 さっきまでオフショルダーのサマーニットを着ていたが、今は半そでのトレーナーになってる。それに生成りデニムのエプロンだ。同一人物(少なくとも体はそうだ)とは思えないな。

「ずっと引きこもっててごめん。カササギ、なにもしないから……。ミートソースとか冷凍しておくから、僕がいないときは食べて」
「空……そんなこと気にしなくていい」

 俺は驚いて空を見上げる。

「おまえ、家事も無理しなくていいんだぞ。やりたくない時もあるだろうし」
「でも、これは僕の仕事じゃないか。僕は……久遠の子供でもないし、あ、愛人でもないから」

 何かを訴えるように声を上げ、それからまた少し俯いた。そうだな。家事全般やることは、おまえがここにいる条件だった。カササギは体を提供してるつもりなんだろうか。俺の愛人気取りで。

「そうか、そうだな。すまん。でも、具合が悪いときは休んでいいんだ。カササギはあれで、俺の役に立っていないこともない。だから、いない時のことは気にするな」
「あの……」

 キッチンからケチャップの食欲をそそるいい匂いがしてきた。ドリアはチキンライスのうえにソースやチーズを乗せてオーブンで焼く(それぐらいは知ってる)。いやあ、めっちゃ腹が減ってきた。

「なに? 言いたいことがあるなら言えばいいんだぞ?」
「カササギは久遠の役に立ってるの?」

 え……なんだ。そりゃ、今、俺はそう言ったけど……詳しく追及されると……物凄く言いにくいぞ。

「あー。ああ」

 とりあえず肯定する。

「そう、なんだ……それなら良かった」

 唇から漏れる声は、耳に届くのがやっとの小声。空の真意を測りかねた俺は、それ以上会話を続けることができず、黙って珈琲を飲み干した。


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