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第1章

17 体に聞いて

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 講演会は無事終わった。客の反応も良く、まずまずの出来だったし人脈も増えた。上々の結果を土産に、俺は帰路につくことが出来た。
 
 飛行機から降りたら、東京は雨だった。車の乗り降りでさえ濡れるのがどうにも好きになれない。特に足元。だから車移動がやめられない。
 小雨の中、高速をひた走ること約一時間、最寄りのインターで降りる。意外に空いていたので、予定より早く帰れそうだ。

 ――――あれ? まさか……。

 マンションへ帰るにはどうしても駅前を通らなければならなかった。待ち人やバスの横をかいくぐるように走らせる道すがら、俺は思わぬ人影に遭遇した。
 右に左に雨をかくワイパー越しに、傘もささずにカフェから飛び出してきた、見慣れた風体。

 ――――カササギだ。

 だらしなく着たシャツから細い肩が覗いてる。鎖骨には金のネックレス、耳にピアス。ワックスでワイルドに仕立てた髪型を見れば一目瞭然だ。

「全く、なにしてやがる」

 嫌な予感しかしない。俺は携帯を操作するあいつのすぐ後ろまで車を走らせ、二度軽くクラクションを鳴らした。

「あれ? タカじゃん。わお、ラッキー」
「なにがラッキーだ。ここでなにしてる」

 カササギは悪びれもせず、さっさと助手席に乗り込んできた。

「なにって、珈琲飲んでただけだよ。ずっと部屋に閉じこもってるのも健康に悪いじゃない。空は黙ってたら、何日だって引きこもるからさ」

 確かに。空は生活用品の買い物以外はほとんど外出しない。それはカササギが突然現れるのを嫌ってるんじゃないかと俺は勝手に思ってたが……。

「おい、それ見せろ」

 車に乗る瞬間、デニムのポケットにしまった携帯。俺は見逃していなかった。

「あれ、見つかってた?」

 携帯は空に渡したものだ。あいつはスマホどころか携帯電話も持っていなかった。通信料を払う金なんてないんだから、持てるわけもないのだが。

 俺は今回の出張を機に、あいつに携帯を渡した。もちろん俺との連絡用だ。毎晩連絡して無事も確かめていた。今朝だって、何時頃帰ると連絡したばかりだ。

「誰と電話したんだ。この番号は……」
「なんだよ。全く、疑い深いな。安心して、浮気はしてないから。こいつは前のバイトの同僚だよ。荷物送ってくれた。お礼も言ってなかったからさ」
「本当か?」

 こいつが俺の他に男を作るのは、空のためによくない。それは嘘じゃないけれど。俺だって嫌だ。
 突然、目の前にカササギが現れたからか、俺は胸の内にある嫉妬心を隠せない。カフェで誰かと会ってたんじゃないのか。会ってただけじゃなく……。

「今のオレにはタカだけだよ……それはあんたと同じだ。それにそんなに心配なら、家に帰って確かめればいいじゃん」
「え?」
「体に聞いてよ。無実を証明するからさ。だからさっさと帰って、やろうよ」

 ハンドルを握る俺の手の上に、あいつは細い指を乗せる。カフェは冷房が効いていたのか、少し冷たい。

「そ……うだな」
「ふふ。そうこなくっちゃ。オレ、さびしかったんだよー」

 運転する俺にしな垂れかかかる。珈琲の香りが鼻孔をくすぐった。

 ――――それは俺もだ。口には出せないけれど。

「わかった。じゃあ、隅々まで確認させてもらうとするか」
「ええ? めっちゃスケベな言い方―っ!」

 ケタケタとカササギは笑い出す。俺の下半身は既に反応している。なんて正直な体だ。

「何とでも言え」

 俺はアクセルをくんと踏み、家路を急いだ。



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