カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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第1章

14 空の過去

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 スライドドアが空気をかすめるような音をさせ開いた。すぐ目の前に、雑誌に目をやる空の姿が見えた。か細い線でもしっかりと形を成し、生きていることに、なぜか俺はホッとしていた。

 ――――馬鹿だな、俺は。あいつはちゃんと息してるじゃないか。

「あ、終わりました? 久遠さん」
「ああ。じゃあ、行こうか」
「はい」

 あいつが見ていた雑誌を見て、俺は少し驚いた。それは多分、俺がインタビューを受けたことがある経済雑誌だ。小さいが、写真も載っていたと思う。

「看護師さんに教えてもらったんです。久遠さん、有名人だったんですね」

 写真向けのポーズをとる俺を、空がなぜか自慢げに見せる。俺は黙ってそれを閉じた。

「まさか。狭い界隈での話だよ」

 俺はあいつの細い肩に手を置き、エレベーターへと進む。

「少し痩せすぎだって先生言ってたぞ。遠慮しなくていいから、もっと食べろ」
「ああ……。ありがとうございます。生まれつき食が細くて」

 言いながら、空はすっと俺の手をすり抜けた。

 ――――しまった。空は人との接触が苦手だと、今聞いたばかりじゃないか。

 俺は何事もなかったように取り繕うと会話を進める。

「ええっと……少しずつでいいよ。そうだ。美味しいケーキ屋を知ってるんだ。帰りに買って行こう」

 空は大きな目を見開き、嬉しそうに頷いた。いきなり優しくして、不穏に思うだろうか。
 いや、こいつは鬼塚がどんな話をしたか見当ついてるはずだ。あからさまな同情にも素直に従う。それがいじらしくもあり、切なかった。

「僕は、覚えてないんです」
「え?」

 ケーキを買い、車でマンションに戻る道すがら。大事そうにケーキの箱を抱える空がぽつりと口にした。

「ひどい目にあった時、いつも僕をかばってくれたから。僕はいつも引っ込んでたんです」

 それが、空が初めて人格を分裂させた瞬間だった。こいつに暴行を加えていたのは、なんと実の父親だ。酒乱で酔うと豹変し、見境なかったという。
 こういうやつは、素面のときは気が小さく大人しい仮面をかぶる。そっちが本性だと思うから、なかなか別れられないし、他人に理解されにくい。『あんなにいい人なのに』と。けど、それは間違っている。本性が酒を飲んで奥さんや子供に乱暴する方なんだ。

 ――――やはり、あの傷は父親から受けた暴行だったんだ。

 やがて成長した空に、父親の暴行は別のものに変わっていた。もう酒乱どころじゃない。

『母親が、空を置いて出て行ったそうです。残された空は……まあ、言葉にするのも辛いのですが』

 俺のほうが言葉もなかった。空はそれでもカササギに守られていたといえるが、カササギだって空なんだ。

『それで、どうして警察に捕まったんですか? まさか父親の暴行を訴えたわけじゃないでしょう』

 カササギならそうするかもしれないが、まだ中学生で、曲がりなりにも生活は父親に頼っていた。
 会社員だった彼は、うつ病として傷病休暇を取っていたが、給料の八割は支払われていたのだ。空はあまりにも無力だった。

『売春ですよ。けど、それはカササギの作戦だったんでしょうね。警察に捕まって、自分が病気であることを知らしめたんです』

 そうか……。それで多重人格障害であることを明らかにし、父親の虐待を白日の下に晒したんだ。入院すれば、とりあえず父親の魔の手から遠ざかれる。

 ――――だから、あいつが退院するとき、親が雲隠れしたのか。いや、むしろ出てこなくて良かった。母親が放置したのは許せないが……。

「カササギが、僕をずっと守ってくれてるんです」

 もう一度、今度は幾分か声を張って、空は正面を向いたまま言った。



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