カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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第1章

13 医師と刑事

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 八畳ほどの診察室。壁際のデスクに大きなモニターが二台置かれているのを除けば、まるでオフィスの応接室のようだ。
 その中央よりに置かれたソファーで、俺と鬼塚医師は向かい合って座っている。乾燥しているのか喉が渇く。出された珈琲は少し苦めだった。

「彼はよくやってますよ。あいつ……カササギいなければ、空君はとうに壊れていた。まあ、別人格があるのに壊れてないというのもおかしな話ですが」

 鬼塚は足を組み、ソファーの背に軽く体重をかけた。面談は長くかかる気がする。空は一人で大丈夫だろうか。

「空君なら心配いりません。今、うちの看護師が相手していますから」

 俺の表情を読み取ったのか、すぐに鬼塚が応じた。さすが精神科医というべきか。

「カササギも、そんなことを言ってました。空には自分が必要だと。そもそも、どうして空は多重人格障害を患ったのか、教えてもらえませんか? いえ、本当にそんな病気があるのでしょうか」

 今更、あれを演技とは面と向かって言わないが、風邪や腹痛のような、俺が知る『病気』とはかけ離れている。理解を越えているのだ。

「久遠さん、うつ病や統合失調症を心の病という人がいますよね。ここもメンタルクリニックなんて銘打ってるのに、こんなこと言うのもなんですが。心の病じゃないんです。ここです」

 鬼塚はそう言って、側頭部を指さした。

「精神の病はとどのつまり、脳の病気なんですよ。脳も胃や腸、内臓と同じなんです」

 癖になってるのか、鬼塚はこんななにも面白い話でもないところで、口角を引き攣るように上げた。

 鬼塚は研修医を終えてすぐ、警察病院に勤務していた。精神科医を志した彼は、精神を病んだ犯罪者に興味があったのだそうだ。
 だが、決して興味本位で近づいてはいけない領域であることを知った。3年でそこを退職し、企業の産業医を務めたあと、ここにクリニックを開き現在に至る。俺と同年代と思った鬼塚だが、若く見えただけでアラフォーだった。

「そこにやってきたのが空君でした。警察病院のころに知り合った刑事が……納屋のうやっていうんですが、そいつが連れてきたんです。ちょうど半年前、彼は警察所管の病院を退院したところでした」

 納屋理のうやおさむ。そいつがカササギが誘惑した刑事か。空に働き口を提供した野郎。こいつともいつか会えるだろうか。とはいえ、空には会わせたくないが……。

「症状は正直よくありませんでした。まだ乖離は続いていて。とても退院なんかできる状態じゃなかった。経済的理由でどうしようもないのだと、納屋は苦しそうに言い訳していましたが……。
 あいつもあのときは、空を、いえ、カササギをそばに置きたかったのかもしれませんね」
「え? それは、どういうことですか? 納屋刑事は、空に寮付きの仕事を世話してたのではないんですか?」
「ああ、そうです。結局そうなりましたが、ひと月ばかりは一緒に暮らしていたんですよ。けど、彼は忙しい身ですから。無理があったのでしょう」

 そうなのか……。カササギの愛人だった刑事。空は当然知っていたのだはずだ。でも、結局同居は長続きしなかった。

 ――――俺との同居は大丈夫なんだろうか。空は、無理してる?

 俺は外で待つ空を気にかけながら、鬼塚の話に耳を傾けた。それは、俺が予想していたことよりももっと、腹に重い塊を飲み込ませた。



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