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第1章
11 メンタルクリニック
しおりを挟む空を連れて行く。そう言ったのに、病院へはなぜかカササギのままだった。朝食もトーストを焼いた簡単なもので済まし、車に乗せる。
「空はどうして出てこないんだ?」
「あいつは医者嫌いなんだ。でも、心配するな。先生がちゃんと呼び出すから」
せっかくのカブリオレだが雨が止む様子はなく、ルーフは閉じたままだ。助手席に座るカササギは、やはりだらしない感じで服を纏っている。
ピアスにネックレスも装備し、最初の夜に会った雰囲気そのままだ。流れているジャズのBGMに、指をトントンしながらリズムを取っている。
同居を初めてすぐ、空が寮に置いてきた荷物、段ボール箱二つが送られてきた。真面目な友人もいたのか、それともカササギのおかげなのかは聞かずにいた。
そこに入っていたのは、プチプラレーベルの私服と数冊の本のみ。不思議なのは、カササギが好きそうな洋服や鞄は入ってなかったことだ。
多分、カササギはその地味で極普通の洋服を粋に着こなすのが得意なんだろう。ただの安物Tシャツも、こいつが着ればなんとなく洒落たゲイっぽい服になるのだ。
「一つ言っておくが、俺は別におまえに奉仕されなくても、空を病院に連れていくくらいするからな。それは覚えておけ」
そんなけち臭い男とは思われたくない。おまえを拾った時、それくらいの覚悟はしてる。
「あれ? そうなの。ま、それとこれは別ってことだね。あ、そこだ。あそこに駐車場がある」
「わかってるよ。……別ってなんだよ、全く何を言ってるのか……」
クリニックは都心近くの駅前にあった。俺のマンションからは車で小一時間。地下の駐車場へ車を入れ、エレベーターでクリニックのある3階へと向かった。
薄いグリーンの色調で統一された綺麗すぎる待合室は、予想外に空いている。置かれたソファー四脚に、座っていたのは俺たちとあと二組しかいない。受付を見ると完全予約制とあった。なんだ、予約していたのか?
「カササギ、俺も話を聞けるかな」
ソファーにあいつと並んで座り、顔を見ずに尋ねてみた。あいつの組まれた指が、ぴくりとしたのが目に入った。
「いいよ。先生に頼んでやるから、ここで待ってて」
簡単に承諾された。一緒に診察室に入ることは許されなかったが、医師から話は聞けるようだ。どれほどの情報をもらえるかはわからないが、とにかく足掛かりだ。
「潮崎さん、診察室にどうぞ」
診察室から桜色の制服を着た看護師が出てきてカササギを呼んだ。
「じゃ、行ってくる」
俺にさっと手を振って、診察室へと向かう。看護師とともに、大きなスライドドアの中へと吸い込まれていった。
しんと静まり返った待合室。手持ち無沙汰になった俺は雑誌が綺麗に並べられている棚に目をやった。医療雑誌やインテリアの雑誌。それに俺が読んでいるような経済雑誌も置かれていた。
ここの医者、鬼塚氏は投資とかに興味あるのだろうか。ふとそんな商売っ気が顔を出す。
――――まあ、ここで営業するわけにはいかないか。
俺はスマホを取りだし、ニュースをさっと眺める。市場を動かすような未知のニュースはなさそうだった。
「久遠さん。あの……先生が入ってくださいって」
カササギが診察室に入って10分くらい経っただろうか。再びスライドドアが開き、中から出てきたのは空だった。
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