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第1章
8 カササギの役割
しおりを挟む「おはようございます。仕事場のPCは全部立ち上げてます」
9時少し前、国内市場が開く直前に俺は目を覚まし、リビングに向かった。珈琲と簡単な朝食がテーブルに並んでいる。
「悪い。今日はあっちに運んでくれ」
「はい。昨日は遅かったみたいですね?」
「あ、ああ……」
俺はドキリとする。空の顔をまともに見れない。昨夜、あれほど乱れていた『カササギ』は、今朝、『空』として、いつも通りの時間に起床し俺のために朝食を用意したのだ。
いつもは朝食を取ってから仕事に向かうのだが、空が言うように少し寝坊した。理由はもちろんカササギとの濃密な夜があったからだ。それは身も心も燃え上がらせただけでなく、続きがあった。あいつには、色々聞きたいことがあり過ぎた。
『おまえは一体何者なんだ? どうして、空はその人格を作り出した』
あいつが来てから10日。俺も少しは学習した。といってももっぱらネット検索だが。それによると、多重人格障害の起因は、幼いころの虐待等、苦しい体験が大半だとあった。
『その体の傷……親かなんかに、やられたのか?』
それを証明するような傷がこいつにはあった。あいつが出てきて、ようやく答え合わせができるときがきたんだ。
『あ、これ? いやあ、さすが目聡いね。これはまあ、狂った性癖の野郎がいてね』
カササギは傷についてはそれ以上話すことはしなかった。触れてほしくないのは空とおなじなのだろうか。
『空は入院中に親が行方不明になったって言ってた。結局そういうことなんだろ?』
けれど俺はもう一歩踏み込んでみた。カササギは否定も肯定もせず、代わりにこんなことを言った。
『オレは、空にとって必要なんだよ。医者もちゃんと認めてる人格なんだぜ?』
『男娼がか? 嘘つくな。そりゃ……金のためかもしれないが、空を傷つけることもあるだろう』
『金のためだけじゃないよ。あいつは……臆病なのに素直過ぎるんだよ。オレがいなけりゃ、この世の中、渡っていけないだろうよ』
わかったようなわからないことをカササギはのたまう。
『じゃあ、俺に声をかけたのはどうしてだ』
カササギはベッドの淵に座る俺の背中に、体ごと乗っかって来た。そして、両腕を絡め、俺の耳にキスをする。
『やめろよ』
『なんで? オレは医者と約束してんだ。男の寝るとき、空が傷つくような奴を選ばないってこと。だから、最初は刑事にしてたんだけど……』
刑事はカササギの男だったと空が言っていた。彼は空のために、確かに色々世話を焼いていたようだ。
『今のままでは、空は誰かに寄生しないと生きていけない。だから、オレがいるんだ』
やめろと言われても、あいつは俺の耳を愛撫するのを止めない。その心地よさに、あいつの言葉はまるで呪文のように俺の心に刻んでいく。不思議と納得させられてしまうのはそのせいか。
『タカは空を傷つけないって思った。ちゃんとした大人だって。だから、あの夜、声をかけたんだよ。会えたのは、ラッキーだったと思ってるよ。オレのタイプ。イケメンだしね』
耳を這っていた唇は、再び俺のそれに重ねられた。膝の上に体を落とし、濃厚なキスを求めてくる。もう体は萎えてしまったというのに、俺はそれを拒否できなかった。
『オレがたまに相手してやっから、空に手をだすなよ、タカ』
去り際、あいつが残した言葉に俺は少なからず動揺した。俺には空をどうこうしようという邪な思いはないはずだ。それでもおまえはそんなことを言う。
――――おまえはそれでいいのか? その役割でいいと思っているのか?
『あいつにはオレが必要なんだ』
カササギの言葉が、俺にはどこか重く切なく響いた。
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