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第1章
6 別の人格
しおりを挟む結局、俺はあいつをアシスタントとして家に置くことにした。アシスタントと言えば聞こえはいいが、主に料理や掃除などの家事担当だ。パソコンは使えるようだから、簡単な入力作業もやらせればいいだろう。
家事は今まで月イチくらいで代行サービスを頼んだり、出前や外食してたので、かなりの節約になる。収支もトントンくらいになるんじゃないかな。
正直、たまにカササギが出てきてくれたらいいのだが。とは空には絶対に言えない。空はカササギの話をあまりしたくないようだ。まあ、それはそうだろう。勝手に出てきて、自分の知らない(たまに知ってるが好意をもっていない)男に抱かれるんだから。
自分の別の人格だといっても、空にとっては自分の体を他人に勝手に使われてる感覚なのだ。しかも、空にはカササギが出てきてる時の記憶がない。引っ込むとき、『交代だ』とか言い残すらしいが、その瞬間が最も恐怖だという。目覚めたくないのが本音だが、起きないわけにいかない。自分の身にどんな危険が迫っているかわからないんだから。
「それなのに、あいつには僕の記憶が筒抜けなんです。こうして、僕がカササギの悪口言ってることも知ってる」
そう苦々しく吐き捨てた。いつも天使のような温和な表情が、この時だけは険しくなった。
――――つまり、カササギが出てくるタイミングはわからないんだなあ。なんかきっかけがあるなら呼び出したいものだが。
なんて俺も呑気なものだな。ただ、ここに居ればカササギを飼ってやれる。空はアシスタントとして生活できるし、福利厚生だって俺が提供できるんだ。
――――とはいえ、医学的には駄目なんだろうな。俺も専門外だからわからないけど、カササギの人格は消滅させるか、空に上手に融合させるのがいいんだろう。
人格が乖離するには、なにか大きな原因があったはずだ。だが、空はよく覚えていないという。その表情から、知ってて隠していると判断した俺は、しつこく聞くことはしなかった。
そのうちカササギが出てきたら聞いてみるかと考えたんだ。乖離して出てきたんだから、そのワケくらい知ってるだろう。
キッチンではエプロンをした空がいそいそと料理をしている。俺はそれを待っているのだが、こんな瞬間が俺に訪れたのも不思議な気がする。なぜか癒されるのを感じていた。
「あ、お待たせしてますね。すぐできますから」
俺の視線を感じたのか、空が笑顔を見せる。あの無垢な表情を見ると、カササギと同一人物とは到底思えない。同じ顔なのに、同じ体のはずなのに。カササギはあの妖艶な視線ひとつで俺の心ををかき乱す。
――――あいつをこの部屋に迎え入れたのは、カササギに対する下心があったからだ。自分に嘘は吐けない。
あの夜、極上の快楽を与えてくれた『カササギ』。あの濃密な時間を俺は欲してる。妖艶な瞳で俺を誘うカササギに会いたい。あの日のように、お互いの体を貪りあいたい。
「お待たせしました。今日はチキンの塩麴漬け焼いてみました」
「へえ。これはまた美味しそうだな」
「健康にもいいんです」
食欲をそそるいい匂いが俺の鼻孔から幸福を脳に伝えている。空はカササギとは真逆で、俺の心を穏やかに、平らかにしてくれる。それもまた得難い瞬間だった。
いつものように向かい側に座る空。屈むとき、Tシャツの襟ぐりからちらりと華奢な色白の肌が見えた。
――――あ……。
俺はあの夜、気になったことをまた思い出した。カササギの体には、古いものではあったけれど、無数の傷跡が白磁のヒビのように這っていた。
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