カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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第1章

4 需要と供給

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 俺は空を自分のアパートへと連れて行った。都心から離れた郊外の高層マンション。8階の部屋からは緑広がる大きな公園が見える。空は物珍し気にその景色を眺めていた。

「凄いところに住んでますね。部屋も広い」

 あいつはため息交じりに俺に言う。どんな暮らしをしてきたのか知らんが、あまり恵まれた日々ではなかったようだ。

「おまえ、荷物はそれだけなのか? 寮に荷物置いてきたのか」
「あ、はい……。引っ越し費用もなくて。でも、洋服くらいで大したものないんです。一応、段ボールには詰めたので、落ち着き先が決まったら送ってもらうようにしてます」

 そうか。そう言えば、カササギはあのリュックをダサいと言ってたな。あいつ用の鞄とか服も、その段ボールの中にはあるのかも。

「少し仕事するから、テレビでも見て寝てろ」
「は、はい。ありがとうございます」

 俺は仕事部屋に入りパソコンを起動する。先週の収支と、ブログの更新。これだけはどうしても終えておかなければならない。

 様々な思いや疑念を一旦はねじ伏せて、俺は画面に集中した。見ず知らずの青年を自分の家に連れ込んで、一体俺はどうしてしまったのか。また、以前のような甘い日々が訪れるとでも思っているのか。
 あれほど酷い有様に。使い古された雑巾のようにボロボロになったというのに……。



 どれくらいキーを打っただろうか。空腹を覚えて顔を画面から上げる。そう言えば、朝からなにも食べていなかった。昨夜は打ち上げの居酒屋でたらふく食べて飲んだので、腹が空かなかった。

 ――――空はもしかして、腹ペコなんじゃ。なにか食べるように言えば良かった。

 だが、俺は部屋のドアを開けて驚いた。リビングから何とも香しい香りがしてきたのだ。

「空?」
「あ、久遠さん。勝手にすみません。お腹空いちゃって」

 キッチンに空の姿があった。自炊はほとんどしないので、冷蔵庫にはろくなものがなかったと思うが。

「パスタがあったので。食べませんか?」

 ああ、そういえば、誰かにもらったんだ。イタリア産のパスタ。食器棚に放り込んだまま忘れていたが。
ダイニングテーブルにつくと、空は白い平皿にパスタを綺麗に盛り付けた。卵があったので、カルボナーラ風か。

「いいな。もらうよ」
「カフェでは厨房にも入っていたので。料理だけは自信あるんです」
「へえ。そうなんだ。それはいい」

 なるほど。それは需要と供給が一致したな。俺にもこいつを居候させるメリットがあるってわけだ。とはいえ、手放しでは喜べない。

「ま、それはそれとして、喰いながらでいいから、おまえの話をしろ」

 想像以上に美味いパスタだった。けれどそれでよしというわけにはいかない。俺はフォークで指し、空にそう命じた。


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