5 / 96
第1章
4 需要と供給
しおりを挟む俺は空を自分のアパートへと連れて行った。都心から離れた郊外の高層マンション。8階の部屋からは緑広がる大きな公園が見える。空は物珍し気にその景色を眺めていた。
「凄いところに住んでますね。部屋も広い」
あいつはため息交じりに俺に言う。どんな暮らしをしてきたのか知らんが、あまり恵まれた日々ではなかったようだ。
「おまえ、荷物はそれだけなのか? 寮に荷物置いてきたのか」
「あ、はい……。引っ越し費用もなくて。でも、洋服くらいで大したものないんです。一応、段ボールには詰めたので、落ち着き先が決まったら送ってもらうようにしてます」
そうか。そう言えば、カササギはあのリュックをダサいと言ってたな。あいつ用の鞄とか服も、その段ボールの中にはあるのかも。
「少し仕事するから、テレビでも見て寝てろ」
「は、はい。ありがとうございます」
俺は仕事部屋に入りパソコンを起動する。先週の収支と、ブログの更新。これだけはどうしても終えておかなければならない。
様々な思いや疑念を一旦はねじ伏せて、俺は画面に集中した。見ず知らずの青年を自分の家に連れ込んで、一体俺はどうしてしまったのか。また、以前のような甘い日々が訪れるとでも思っているのか。
あれほど酷い有様に。使い古された雑巾のようにボロボロになったというのに……。
どれくらいキーを打っただろうか。空腹を覚えて顔を画面から上げる。そう言えば、朝からなにも食べていなかった。昨夜は打ち上げの居酒屋でたらふく食べて飲んだので、腹が空かなかった。
――――空はもしかして、腹ペコなんじゃ。なにか食べるように言えば良かった。
だが、俺は部屋のドアを開けて驚いた。リビングから何とも香しい香りがしてきたのだ。
「空?」
「あ、久遠さん。勝手にすみません。お腹空いちゃって」
キッチンに空の姿があった。自炊はほとんどしないので、冷蔵庫にはろくなものがなかったと思うが。
「パスタがあったので。食べませんか?」
ああ、そういえば、誰かにもらったんだ。イタリア産のパスタ。食器棚に放り込んだまま忘れていたが。
ダイニングテーブルにつくと、空は白い平皿にパスタを綺麗に盛り付けた。卵があったので、カルボナーラ風か。
「いいな。もらうよ」
「カフェでは厨房にも入っていたので。料理だけは自信あるんです」
「へえ。そうなんだ。それはいい」
なるほど。それは需要と供給が一致したな。俺にもこいつを居候させるメリットがあるってわけだ。とはいえ、手放しでは喜べない。
「ま、それはそれとして、喰いながらでいいから、おまえの話をしろ」
想像以上に美味いパスタだった。けれどそれでよしというわけにはいかない。俺はフォークで指し、空にそう命じた。
1
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる