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第1章
3 解離性同一性障害
しおりを挟むシャワーを浴び、髭を剃る。そろそろチェックアウトの時間だ。土曜日だから俺の仕事量はいつもよりずっと減るが、それでものんびりしている時間はない。
なのに、こいつを放置するのがなぜかできなかった。
「おまえ、いつもカササギの尻ぬぐい……まさにそれだな。してんのか?」
着替えながら、ソファーに座る空に尋ねた。部屋にいろと言ったのを、ちゃんと守り、俺のシャワーが済むまで待っていた。ま、身分証を預かってたから帰るわけにもいかんかったろうが。
「大抵、お相手が寝てるうちに逃げ出します……お金は……カササギが前払いでもらってるので、それは助かるんですが……」
今日は思わず寝過ごしてしまったらしい。しかし、ちゃっかりシャワーを済ませていたところを見ると、俺に話があったのかもと思う。俺はあいつの目の前に身分証をさっと投げた。
「で、これから行くとこあるのか? カササギは、行く当てないって言ってたぞ」
「あ……はい。あの……」
冷蔵庫からコーラを抜き取り、ごくごくと喉を鳴らす。空はソファーの上、相変わらずリュックを抱きしめるようにして座っていた。
「住み込みのバイトしてたんですが、昨夜、クビになりました」
俺は大げさにため息をついた。疑ったらキリがないが、やはりこいつの病気? というのには信用ができない。二重人格とか、ドラマの中だけでの話だ。
――――それなのに、俺はこいつを無碍に放置できないでいる。それどころか、手を差し伸べようとしているのか。
「俺の名前は久遠鷹矢だ。これ、名刺」
俺はジャケットから名刺入れを取り出し、一枚、あいつに差し出した。空は両手で拝むようにしてそれを受け取る。
「投資アドバイザー……」
俺の肩書を小さな声で読み上げた。
「ああ、ま、そんな凄いもんじゃない。本業はトレーダーだ。そのノウハウやらをブログや会員制のSNSで配信してる。稼ぎはその二本立てだよ」
「ああ、そうなんですか。凄いですね」
「凄くはない」
俺は大学を出てすぐ証券会社に勤務した。だが、あまりの激務と上司のアホさ加減に辟易してわずか一年で退社。それから個人でトレーダーとして勝負した。
まあ、うまくはいったが、それだけではなんだか物足りなくて。SNSでサロンを開き、自分の培ってきたノウハウをメンバーに切り売りしてる。
昨夜のクライアントはその中でも上得意な連中で、企画やイベント等、裏方として協力もしてもらっている。人間関係は煩わしいが、ゼロにすると、今度は社会と隔絶された感じになるから人間は面倒な生き物だ。今はその塩梅がまあいい感じといったところか。
「おまえ、19歳だったな。大学には行ってないのか」
ふるふると空は首を横に振った。さすがにあんなややこしい病気を持ってたら学校なんて行けないか。仕事も同様だろうな。
「カササギは、僕の行動を大体把握しているようなんですが……僕はほとんどわからなくて。でも、今度の仕事をクビになったのは、おそらく彼のせいなんです」
「なにやったんだ、あいつ」
空はやや躊躇したが、諦めたように言葉を繋いだ。
「店長を誘惑して……奥様にバレました」
へ……。わずかな沈黙。直後、俺はこみ上げる笑いを我慢できなかった。
「そりゃ、傑作だなっ!」
「笑いごとじゃありませんよ。体は……あいつと共有してるんだから……」
今にも泣きだしそうな表情で俺を睨む。カササギとは全く違う、ずっと幼く、素直な思春期真っ只中の少年に見えた。
空は寮付きのカフェで仕事をしていた。素直で見た目がいいから、今までもそういう店ではすぐ職にありつけたようだ。
「高校は入院中に勉強して。卒業証書をもらったので、一応高卒です」
「入院? あの、解離性……なんとか」
「多重人格障害で大丈夫です」
「ああ、そう、その多重人格で入院してたのか?」
そこで勉強して卒業というんだから、高校は通信制か。
「はい。治療しながら勉強してました。今も通院してます」
「つまり治ってないんじゃないか。それ。入院しなくていいのか?」
空はまた、黙り込んでしまった。言いにくいのか、どう説明しようか迷ってるのか。
「ああ、もうチェックアウトの時間だ。とにかく俺のマンションへ来い。話はそれからだ」
「え? いいんですか?」
「このまま放り出すのも目覚めが悪いだろ? 話だけは聞いてやるから、包み隠さず話せ」
どうしてこんなこと言っちまったのか。いや、別に後悔してるわけじゃない。多分、俺はどこか得体の知れないこいつ(ら)が、気になってしまったんだろうな。
それにもう、知らないふりをして後悔するのは嫌だった。脳裏にちらりと、懐かしい澄ました笑みが過った。
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