カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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序章 雨の夜

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 クライアントとの打ち上げ後、店を出るとアスファルトの地面は濡れていた。夏の夜、おかげで噎せ返るような暑さはないが、湿気が肌にまとわりつく。
 さっき腕を通したばかりの薄手のジャケットを再び脱ぎ、右手に持つ。ち、やっぱりタクシー頼めばよかった。

 ――――駅前のタクシー乗り場も混んでるかも。いっそ、ホテルにでも一泊するか。

 付き合いとはいえ、無駄にはしゃいで疲れている。革靴をひたひたと濡らす雨水にも憂鬱さが増してきた。要するに、俺は少し不機嫌だった。

「ねえ、そこのおじさん。ねえってば」

 雨脚は少し強くなってきた。傘がないため丸めていた背中に、ふいに若い声がかかる。少し、甘ったれた……男の声だ。

「なんだ、おじさんとは失礼な奴だな」

 無視して歩いても良かったのだ。だが、なぜかそれが出来なかった。憮然として振り向くその視線の先、あいつが立っていた。

「あ、そう? それは失礼。でもオレより10歳は上じゃないかな」

 雨のせいか、茶色に染めた髪は毛先がくるくると絡まっている。白い肌、美しいラインを描く眉、切れ長の二重の双眸。形の良い鼻と柔らかそうな唇が美しく配置されている。美青年という言葉が物足りなく聞こえるほどの美しさだ。

「なにか……用か」

 おまけにすらりとしたスタイルは八頭身とでも言うのか、顔が嘘みたいに小さい。

「うん。用がある。オレ、今日泊まるとこないんだよね。おじさ……お兄さん、ホテル泊まるんだろ? オレも混ぜてよ」

 混ぜる? なんの表現だ。俺はこの図々しい依頼になぜか『どうしようか』悩んでいる。こんなのほっといて、踵を返せばいいのに。
 男は半そでの紺色シャツを無造作に着ていた。ボタンは三番目まで開いていて、中から白い肌と金のネックレスが見え隠れしている。耳にも同じようなピアスがあったが、なぜかリュックにスニーカーは不釣り合いな感じがした。

「ダサいだろ。そこは許して。仕事帰りだからさ」

 俺の視線に気が付いたのか、男はさっとリュックを体で隠した。なんだ、可愛いとこあるな。

「名前は?」
「お、連れて行ってくれるの?」

 俺たちは二人とも傘を持たずにいる。体は雨に打たれるばかりだ。季節柄寒くはないが、不快であることは変わらない。

「代償は払ってもらうがな」
「そうこなくっちゃ」
「わかって言ってるのか? おまえ」
「あんたこそ、わかってないの? 最初からオレはそのつもりだけど?」

 なんだ。結局はそういうことか……。

「ついてこい……」
「カササギ。名前はカササギだよ」
「……鷹矢たかやだ。奇遇だな、鳥繋がりとはね」
「ふふっ」

 カササギは細い指を口元に寄せクスクスと笑う。妖艶な笑みが俺の心臓を一つ跳ねさせた。雨の雫が天パーの髪にとどまり、街の明かりを集めてきらきら光っている。

 カササギと出会った雨の夜、俺は大変なものを拾ってしまった。このときは気付きもしなかったけれど。


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