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序章 雨の夜
しおりを挟むクライアントとの打ち上げ後、店を出るとアスファルトの地面は濡れていた。夏の夜、おかげで噎せ返るような暑さはないが、湿気が肌にまとわりつく。
さっき腕を通したばかりの薄手のジャケットを再び脱ぎ、右手に持つ。ち、やっぱりタクシー頼めばよかった。
――――駅前のタクシー乗り場も混んでるかも。いっそ、ホテルにでも一泊するか。
付き合いとはいえ、無駄にはしゃいで疲れている。革靴をひたひたと濡らす雨水にも憂鬱さが増してきた。要するに、俺は少し不機嫌だった。
「ねえ、そこのおじさん。ねえってば」
雨脚は少し強くなってきた。傘がないため丸めていた背中に、ふいに若い声がかかる。少し、甘ったれた……男の声だ。
「なんだ、おじさんとは失礼な奴だな」
無視して歩いても良かったのだ。だが、なぜかそれが出来なかった。憮然として振り向くその視線の先、あいつが立っていた。
「あ、そう? それは失礼。でもオレより10歳は上じゃないかな」
雨のせいか、茶色に染めた髪は毛先がくるくると絡まっている。白い肌、美しいラインを描く眉、切れ長の二重の双眸。形の良い鼻と柔らかそうな唇が美しく配置されている。美青年という言葉が物足りなく聞こえるほどの美しさだ。
「なにか……用か」
おまけにすらりとしたスタイルは八頭身とでも言うのか、顔が嘘みたいに小さい。
「うん。用がある。オレ、今日泊まるとこないんだよね。おじさ……お兄さん、ホテル泊まるんだろ? オレも混ぜてよ」
混ぜる? なんの表現だ。俺はこの図々しい依頼になぜか『どうしようか』悩んでいる。こんなのほっといて、踵を返せばいいのに。
男は半そでの紺色シャツを無造作に着ていた。ボタンは三番目まで開いていて、中から白い肌と金のネックレスが見え隠れしている。耳にも同じようなピアスがあったが、なぜかリュックにスニーカーは不釣り合いな感じがした。
「ダサいだろ。そこは許して。仕事帰りだからさ」
俺の視線に気が付いたのか、男はさっとリュックを体で隠した。なんだ、可愛いとこあるな。
「名前は?」
「お、連れて行ってくれるの?」
俺たちは二人とも傘を持たずにいる。体は雨に打たれるばかりだ。季節柄寒くはないが、不快であることは変わらない。
「代償は払ってもらうがな」
「そうこなくっちゃ」
「わかって言ってるのか? おまえ」
「あんたこそ、わかってないの? 最初からオレはそのつもりだけど?」
なんだ。結局はそういうことか……。
「ついてこい……」
「カササギ。名前はカササギだよ」
「……鷹矢だ。奇遇だな、鳥繋がりとはね」
「ふふっ」
カササギは細い指を口元に寄せクスクスと笑う。妖艶な笑みが俺の心臓を一つ跳ねさせた。雨の雫が天パーの髪にとどまり、街の明かりを集めてきらきら光っている。
カササギと出会った雨の夜、俺は大変なものを拾ってしまった。このときは気付きもしなかったけれど。
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